くそじじい 2


 そして間もなく、月が替わると同時にいよいよ石原秀之医師が石原医院の「若先生」となる日がやってきた。診察開始前の診療室に全員集合したスタッフたちの見守る中、真っ白な便箋に父親兼院長が直々にしたためた辞令を受け取った石原医師、いや若先生が頭を下げた瞬間ごくささやかな―しかし心からの拍手の渦が沸き起こる。そんな看護師たち、事務員たちにも丁寧に一礼し、前日運び込まれたばかりの自分の診療机に着いた若先生の体に、かすかな武者震いが走った。
 ―と、そこへ。
「あ、そーだヒデ。この前言った、お前が訪問診療する患者さんだけどな」
 不意に響いた院長の声に、今座ったばかりの椅子から慌てて立ち上がり、直立不動の姿勢をとった若先生だったが…。
「先月まで母ちゃん―紀代先生が担当してた富岡辰五郎さん―魚辰の爺ちゃんに決まったからよ、引き継ぎその他は母ちゃんからよォく話聞いて、しっかり頼んだぜ!」
「は…? 富岡…辰五郎さん…魚辰の爺ちゃんって…ええええええっ!?」
 何と肝心の患者の名を聞いた途端その目は点になり、その口からは何とも素っ頓狂な悲鳴がほとばしり出たではないか。しかし一方の院長はどこ吹く風、言うだけ言った後はさっさと自分の机に陣取り、カルテのチェックなどしながら大あくびしているばかり。代わりにこれまた若先生にとっては実の母、石原紀代医師の鋭い声が飛んだ。
「なあに秀之。あんた、お父さん…院長先生が決めたことに何か文句でもあるっての?」
「いっ、いえっ! 決してそんなことは…っ!!」
 さすがの若先生といえども、誰一人患者のいない内輪の場においてはまだまだ坊や扱い、それでなくてもここの医者の中では一番の新米下っ端なのだから、上司の指示に逆らうなどできるわけがない。
「あっそ。そんじゃこれが富岡さんのカルテ。次の往診は明後日の木曜日だから、それまでによぉ〜く目を通しておくように。怠けるんじゃないよ!」
「はい…」
 分厚い封筒を手渡されたと同時にびしりと言い渡され、がっくりと肩を落とした若先生。もはや武者震いなど完全にどこかへ吹っ飛び、出てくるのはただただ深いため息ばかりである。
(はぁぁぁぁ…だけど、よりにもよって初めての担当患者さんが魚辰の爺ちゃんだなんて…いくら何でもそりゃないよぉぉぉ〜)
 再び自席に腰を下ろし―というよりへたり込み、内心どんなに嘆いたところで、新しく優秀な若手医師(それもまごうことなき医院の跡取り!)を迎えた喜びに半ば興奮状態の他の人々が、そんな魂の叫びになど気づくわけもない。看護師も事務員も皆満面の笑みをたたえ、口々に若先生へのお祝いや励ましの言葉をかけつつうきうきと持ち場へ戻っていく。
 そんな中、俊之だけがこれまたひどく気の毒げな表情で兄を見つめ―何度も何度も心配そうに振り返りながら事務室へと消えていった。

 さて問題の木曜日。昼食を終えた若先生は俊之一人の見送りを受けて医院を出た。同じく往診予定のあった母は先に出かけてしまっていたし、珍しく予定が入っていない父は午後の診療開始まで昼寝するとて、医院の裏手に隣接している居住部分―居間のソファに転がって高いびきである。
「んじゃ兄貴、気をつけてな。…あの…健闘、祈ってっから」
「…ああ。ありがとよ」
 夢にまで見た「初めての往診」への出発にしてはいささか景気の悪い挨拶を交わしつつ、とにもかくにも往診先の富岡家、魚辰商店へと向かって歩き出した若先生だったが。
(…富岡辰五郎、九一歳。八年前に脳梗塞《=ラクナ梗塞》の発作を起こして左半身麻痺の後遺症が残るも比較的軽度であったため、リハビリによってかなりの機能回復が見られる。ただし、現在でも日常生活における立ち上がり・衣服の着脱・入浴等には部分的介助が必要。杖を利用した自力歩行は屋内・屋外ともに可能だが、単独の外出は困難。要介護度1)
 今やすっかり丸暗記してしまったカルテの内容が次から次へと脳裏をよぎり、ついつい盛大なため息をついてしまう。
 だがこれも、ある意味仕方のないことで。
 一般にもよく知られているように、脳梗塞とは何らかの原因で脳内の血管が詰まって血流が滞った結果、周囲の脳細胞が酸素及び栄養不足に陥り壊死してしまう病気である。血流停止後、およそ五分で壊死し始める脳細胞はその後三〜六時間で完全に死滅し、二度と再生することはない。よって脳梗塞の治療には何よりも迅速な対処が重要とされ、不幸にしてこのタイムリミットを越えてしまったが最後、患者も医者も何らかの後遺症を覚悟するより他どうしようもないのだ。
 もっとも今回の富岡辰五郎氏の症例―ラクナ梗塞というのは脳内のごくごく細い抹消血管が詰まった小規模梗塞であり、万が一手当てが遅れた場合の後遺症も比較的軽微であることが多い。リハビリによって半身麻痺がある程度回復したというのも―もちろん、本人や家族の努力もあっただろうが―詰まった血管がきわめて細く、周囲の脳細胞に与える影響もさほど大きくなかったおかげだと思われる。
 しかしどんなに小規模とはいえ脳梗塞は脳梗塞、油断はできない。ラクナ梗塞が進行・多発するようになると認知機能が低下し、痴呆や嚥下障害などの重大な問題を引き起こすようになってしまう。
 その上このラクナ梗塞には有効な治療法などほとんどない。一般的な脳梗塞治療には、点滴によって血液の粘度を低下させ、血流をよくする血液希釈療法、薬剤投与によって血液の凝固や脳の腫れ、あるいは症状の悪化を遅らせる抗血小板療法、抗凝固療法、抗浮腫療法、脳保護療法などがあるのだが、このうちラクナ梗塞に有効とされているのは血液希釈療法、抗血小板療法、脳保護療法のみ。しかし血液希釈療法は高齢者にとって心不全や脳浮腫の悪化といった副作用をもたらす危険性があるし、脳保護療法に使用する脳保護剤はつい最近(二〇〇一年六月)日本が世界で初めて承認したばかりでいまだ臨床試験中…となれば、実質的に有効かつ安全なのは抗血小板療法しかないということになる。とはいえその抗血小板療法でさえ、ラクナ梗塞への効果はあまり期待できないという臨床結果が発表された例もあり、正直医者としては完全にお手上げ状態というのが現実なのだ。
 これが比較的太い動脈その他の血管が詰まるアテローム血栓性脳梗塞や心原性脳梗塞であれば、急性期(発症後三〜六時間以内)なら血栓溶解薬を静脈内投与する血栓溶解療法、再発防止を目的とするなら頚動脈内膜剥離手術等の外科的療法、あるいは頚動脈や脳内血管の狭窄に対して血管拡張術やステント留置術を施す脳血管内療法によって症状が改善する場合もあるが、残念ながらこれらの治療法もまた、ラクナ梗塞の患者に対しては施術不可能ときている。
 つまり今回の訪問診療に関する限り若先生―石原秀之医師の外科的知識及び手腕は完全に用なしであり―いくら往診を繰り返したところで、できるのはただ、これ以上発作を起こさせないための生活習慣指導及び定期的な血液検査くらいがせいぜいなのである。
 とはいえそれもまた町医者の立派な職務、当然若先生とて、これくらいでヘソを曲げるような甘っちょろい覚悟でこの道を目指したはずもない。
 ただ、困ったことに問題はそれだけではなくて。
(…何つっても患者があの「魚辰の爺ちゃん」だってのが一番の問題なんだよなァ…)
 とぼとぼと歩く自分のつま先を見つめつつ、心の中で一人ごちた若先生が再び大いなるため息をついたその瞬間、突然前方から弾んだ大声が響いてきた。
「ヒデ兄ぃ(にぃ)! こっちこっち! 今日は朝から首長くして待ってたんだぜ!」
 つらつら考え事をしているうちに、どうやら当の魚辰商店に到着してしまったらしい。はっと顔を上げれば店の前、ねじり鉢巻に前掛けゴム長靴という威勢のいいいでたちの若者が、満面の笑みで大きく手を振っているのが見えた。いかにも嬉しげなその笑顔に若先生の表情も自然とほころび、負けじと声を張り上げる。
「おう隆志、久しぶり! 元気だったかぁ!!」
 続いて大きく手を振り返す…つもりだった若先生だが、いざその手を上げるか上げないかのうちに。
「バカタレ! いくら幼なじみ兼小中学校の先輩たァいえ、今やヒデ坊は石原医院の立派な若先生だぞ! 呼ぶなら呼ぶで、ちゃんと『若先生』と申し上げろってんだこの野郎!」
 続いて店から飛び出してきた同じ鉢巻・前掛け・ゴム長姿の中年男が、いきなり若者―隆志の頭をどつき倒した。途端、隆志がぷうっとふくれる。
「ちぇっ、何でぇ。親父だって『ヒデ坊』なんて呼んだくせしやぁがってよ」
「何だと隆志! てめぇ生意気に父親に口答えしようってのか面白ぇ!」
「ま、まぁまぁおじさん、いやご主人も隆志君もちょっと待って…。えと、今日から母に代わってお爺ちゃん…富岡辰五郎さんの担当になりました石原秀之です! どうぞよろしくお願い致します!」
 あわや喧嘩になりかけたところへ慌てて割って入った若先生にぺこりと頭を下げられては、さしもの生きのいい魚屋父子もおとなしくなるしかない。
「あ、いやこちらこそ、ウチの爺ィがお世話になります、若先生っ。ただ今女房が爺ィの部屋にめぇりやしたので、若先生はどうぞ玄関の方から…隆志! ご案内して差し上げろぃっ!」
「はいよっ。…じゃ、どうぞこちらへ、ヒデ兄ィ…じゃなかった若先生。あ、お鞄お持ち致しやしょう」
 たちまちその場で深々と頭を下げた父親に言いつけられた隆志が若先生から診療鞄を受け取り、先に立って店の脇の路地へと入っていく。若先生もまた、苦笑しながらそのあとに続いた。
 石原医院から歩いてきた場合、魚辰の店先から富岡家の玄関に回るには店の前を通り過ぎ、脇の道を右に入っていかなければならない。…もっとも子供の頃に何度か遊びに来たこともあるし、今更若先生―『石原先生んトコのヒデ坊』にとっては案内など不要なのだが。
「…にしても懐かしいなぁ。おい隆志、俺が最後に遊びに来たのって何年前だっけ?」
「う〜ん、もう十年以上前になるんじゃねぇかなぁ。何せヒデ兄ィってば、高校生になってからめっきり忙しくなっちまったしさ」
 店の角を曲がるやいなや、またまた元の幼なじみに逆戻りした若先生と隆志の間に気の置けないタメ口が飛び交う。
「だけどガキの頃もよ、俺らって外でばっか遊んでたから、誰かん家行くっつってもせいぜいトイレ借りるとか水一杯もらうくらいで…あんまし家ン中で腰据えて遊んだって覚えはねぇなぁ」
「確かにな。そういや隆志ン家のおばさんには夏になるとよく水や麦茶を飲ませてもらったよ。今考えりゃえらく図々しい真似やらかしてたモンだ。おばさんに会ったら、まずそのこと謝らなきゃ」
「何でぇ、そんなのお互い様じゃんか。俺だって石原先生んトコにはしょっちゅうトイレ借りに行っててさ、ついでに転んで擦りむいた膝小僧、タダで治療してもらったことまであるんだぜ」
 とか何とか話しているうちに、あっと言う間に富岡家に到着した二人。先に立った隆志が、若先生にとっても懐かしい昔ながらの玄関の遣り戸に手をかけ、思い切りよく引き開けた―その途端。
「だからぁ! 石原医院の若先生がお見えになったんですってば! 今日から紀代先生に代わっておいで下さることになってるって、さっきも話したでしょ、お爺ちゃん!」
 廊下の奥から響いてきた隆志の母―魚辰のおかみさんの大声…というより怒鳴り声が鼓膜に突き刺さり、一瞬二人は棒立ちになった。しかし若先生はともかく隆志の方は、すぐにその理由を察したようで。
「ご、ごめんなヒデ兄ィ。爺ちゃん、最近めっきり耳が遠くなっちまってさぁ…あんなふうに怒鳴り声出さねぇと聞こえねぇんだよ。びっくりしちまったろ?」
「何だよ、そんなこといちいち気にすんなって。爺ちゃんだってもう九〇過ぎてんだからしょうがねぇってば」
 ただひたすらにぺこぺこ頭を下げる幼なじみをなだめている間にも、大声の応酬は続く。
「はぁ!? 若先生だぁ!? てぇなぁ誰でぃ。太一けぇ!?」
「何言ってるんです! 太一先生はもう立派な院長先生じゃありませんか! 今の若先生はその息子さん…ほら、昔よくウチにも遊びに来てた秀之くん―ヒデ坊ですよっ!!」
 最後には悲鳴に近くなってきたおかみさんの声に、悪いと思いつつもついつい若先生は噴き出してしまった。
「あはは…あの調子ならまだまだ爺ちゃん大丈夫だよ。さすが、河岸で鍛えた声は張りが違うわ、張りが」
 隆志の肩をぽん、と叩きながら両方の靴の後を互いにこすり付けるようにしてかかとを抜き、心もち爪先立って上げた片足をそのまま玄関の上がり口にかけようとする。屋外から室内に入ろうとするとき、誰もが行うであろう無意識の動作。
 ところが―。
「何ィ!? ヒデ坊だぁ!? てぇとアレか? 一九年前、『松元』の悪タレと一緒にウチの柿かっぱらおうとして、足滑らして塀から落っこちやがったあのうらなりびょうたんか!!」
 よりにもよって上げた片足をいざ下ろそうとしたその刹那、絶妙なタイミングでケタ違いの大音声が響き渡ったからたまらない。瞬間、びくりと震えた若先生の体がわずかにバランスを崩す。
(げ…ヤベ…っ)
 とにもかくにも何とかせねばと、浮かせた片足を咄嗟に勢いよく突き出した若先生だったが、不幸なことに富岡家の玄関の上がり口は石原家のそれに比べ、ほんのわずかではあるが高さがあったりしたので…。
「ぎゃぁっ!!」
「ヒっ…ヒデ兄ィィィっ!」

 結果、次の瞬間足袋裸足ならぬ「靴下裸足」のつま先を思いっきり上がり口にぶっつけた若先生の悲鳴、さらにはそれに続いて人間の体が激しく床に叩きつけられる音と隆志の悲痛な絶叫が、それまでの大声をもかき消すほどに盛大かつやかましく富岡家の廊下を揺るがせたのであった…。




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