スカール様の慟哭 〜腹黒わんこ寝返り編〜 6


「十時の方向に島影発見! 距離およそ一〇〇km!」
 レーダー席から003の声が飛び、ドルフィン号内部にさっと緊張が走ります。
「ふ…ん。やっぱりあったんだな。『地図にない島』とやらが」
 唇の端をかすかにつり上げてつぶやく004に、全員がいっせいにうなづきました。
「海流及び距離から見てもドンピシャリだ。例の生ゴミがこのあたりから流れてきたと仮定すれば、まさしくあの通りの状態で採取地点に到達すると思われる」
「今のところ、この付近で他に確認できる島、あるいは岩礁はないわ」
「となると、あの島はかなり怪しいってことになるな」
 口々に言い合うメンバーたちの中、002が珍しく慎重な意見を述べます。
「このままドルフィン号で空から接近するのはちっとヤバいかもしれねぇぜ」
「それじゃ、このあたりで一度海に潜って、海中からギリギリまで近づいてみよう。そのあとは…」
 言葉を続けた009にみなまで言わせず、どんと胸を叩いたのは007でございました。
「いよいよそれがしの出番というわけだな。偵察活動ならお任せあれ」
 皆が振り返ったときには、すでにその姿は一羽のカモメに変身しております。そしてすぐさま、ドルフィン号は着水、潜航。そして例の島までの距離およそ二〇kmまで近づいた時点で再び海面すれすれまで浮上して、007のカモメを大空へと送り出したのでございました。

(…ふ…む。ただ見ただけでは取り立てて変わったところもない島だな。ごつごつとした岩山だらけで、特に不審な建造物及び人工物は見当たらん)
 十五分後、007からの脳波通信第一報が届きました。
(このままもう少し近づいてみる。そろそろ中継カメラの映像も送るから、メインディスプレイをオンにしといてくれ)
(007、気をつけろよ!)
 さっと手を伸ばして指示通りディスプレイのスイッチを入れた009が、007に脳波通信を返します。
(OK。心配するな、若人よ)
 飄々とした返事を最後に通信は途切れ―そのかわり、ディスプレイに一つの映像がゆっくりと浮かび上がってきたのでございました。

(さて、と…)
 報告を終えたカモメ―007は、つとくちばしを伸ばして足首に巻かれた金属性のベルト、そこにぽちっと飛び出ている小さなボタンをつっつきました。実はこれ、ベルトに内蔵された超小型カメラと赤外線センサーのスイッチボタンだったのです。カモメその他の動物に変身して両手が使えなくなってしまっても撮影できるようにと開発された、007専用秘密兵器の調子は上々、すでに例の島の遠景はドルフィン号のメインディスプレイにくっきりと映し出されておりました。
 ゆっくりと、用心深く。007のカモメは島に近づいていきます。何しろそこにはどんな相手が潜んでいるかわからないのですから、一瞬たりとも油断はできません。しかし―。
(妙だな)
 もしも予想通り、あの島によからぬ者たちが隠れているとすれば、とうの昔に自分の姿に気づいているはずです。いえ、もしかしたらドルフィン号とて見つかっているかもしれません。なのにどうして、何の反応もないのでしょう。
(ふむ…。ここは一つ、思い切ってみるか)
 白い翼が力強く羽ばたき、とうとうカモメは島の真上にまで来てしまいました。
(アイヤー! やめるアル007! あんまり無茶するんじゃないのコトよ!)
 たちまち、006を始めとする仲間たちの、悲鳴のような脳波通信がいっせいに頭の中に響き渡ります。ですが相変わらず件の島はしんと静まり返ったまま…。そしてもちろん、サイボーグである007の目にも、不審なものを何一つ見つけられないのは先ほどと同じです。もしかして、この島は本当に、ただの無人島なのでしょうか。
 だとするとあの生ゴミは一体…?
 言い知れぬ不気味さに、カモメ―007の背中の羽がぞくりと逆立ちました。
(くわばらくわばら。あんまり調子に乗っても後が怖い。そろそろ引き上げるとするか)
 そしてカモメは島全体をぐるりと一回りしたのを最後に、再びドルフィン号へと引き返したのでございました。

 さて、いくら不気味に静まり返っていようが、この島にBG団の本拠地があることはすでに皆様ご存知の通りです。そしてもちろん、接近するドルフィン号、そしてそこから飛び立ったカモメはしっかりとBGのレーダーに捕捉されておりました。
 ですがただ今の基地内は、はっきし言って「そんなモンに構ってるヒマなんざあるかぁぁぁっ」状態でございまして…。
「総員、手荷物整理及び各種脱出艇への搬送完了!」
「第二基地へのデータ転送、八三パーセント完了!」
「00ナンバーどもの戦闘艇、基地からおよそ一〇〇kmの地点で着水、潜航っ」
「在庫品第一陣、出撃準備完了まであとおよそ二〇分!」
「データ転送が終わり次第、科学者その他の非戦闘員は脱出艇にて待機!」
「敵戦闘艇、基地から二〇km地点の海上に出現! あ…何か飛び出しました。…カモメ! カモメでありますっ」
「手空きの戦闘員は全員、在庫品出撃準備に当たれっ!」
「敵戦闘艇よりのカモメ、接近中。あと一〇分で島の上空に到達しますっ!」
「放っとけ、そんなモン! どーせ007の偵察だろーがよっ! こっちの準備が出来たらいくらでも相手してやるわいっ! 第一陣、出撃可能まであと何分だぁぁぁっ!」
 もうもう、慌しいやら喧しいやら…。
 そんな中、パピはぽつねんと執務机の椅子に座っておりました。今や基地内は大混乱、あちらこちらでてんてこ舞いしている人間サマたちには、到底こんなチビ犬に構っている余裕などありません。さすがの犬バカ主従コンビ、スカール様と横山くんでさえ、パピの方など見向きもせずに汗だくになって駆けずり回っております。
 しかしパピは全ての事情をしっかりとわきまえておりましたから、忙しく立ち働いている人間サマたちにまとわりつくことも、「遊んで〜」と駄々をこねることもせず、皆の準備が整うのをただひたすらおとなしく待ちながら―このへんの辛抱強さは犬の面目躍如です―退屈しのぎにまたまたスカール様の専用端末を操り、さまざまなデータを引き出してはヒマをつぶしていたのでした。
(あれ…?)
 キーボード上、ふとその前脚の動きが止まりました。どうやら何か面白そうなデータが浮かび上がってきたようです。そしてそのまま、つぶらな黒いお目々はディスプレイ上の細かな文字に釘付けになり、食い入るように読みふけり始めたのでした。

 一方、00ナンバーたちの方はあくまでも慎重です。007のカモメが帰還したと同時にドルフィン号は再び潜航、海中深くに身を潜めつつ先ほど撮影された映像を徹底的に分析していたのでした。
 メインディスプレイに大きく映し出された例の島は、通常画像で見る限り何の怪しい点もありません。島の南側に広がる入り江とささやかな砂浜、その上に突き出した岬の根元にほんのわずかな草が生えている以外には岩山と石ころしかない、ただのちっぽけな無人島に思えます。
 ですが、ギルモア博士が画面をサーモグラフィーに切り替えた途端、メンバーたちの間からは驚きの声が上がったのでした。地熱分布によって色分けされた島の平面図、そのほとんどは比較的低温の緑から青に塗りつぶされていますが、その北西から北にかけての一帯だけは真っ赤に染まっています。これは、この部分の地熱が異常に高いことを示していると見て間違いないでしょう。
 この海域は環太平洋火山帯からも外れている上、その他の小さな火山帯、あるいは海底火山の類もありませんから、通常ならばここまで地熱が上がるはずなどありません。第一、こんなちっぽけな島にここまで極端な温度差があること自体、あまりにも不自然です。
 ここはやはり上陸して徹底的に調べるべきだと全員の意見が一致、作戦会議の結果、001を除いた八人が二人一組でそれぞれ別の場所から島へ上陸しようということになり、次のような班分けが決まりました。

 第一班…002と009。上陸地点は南側の砂浜。
 第二班…003と005。上陸地点は東側、やや緩やかな崖。
 第三班…004と006。上陸地点は西側、切り立った崖の裂け目。
 第四班…007と008。上陸前に海中を調査、状況次第で各班の応援に回る遊軍。

 ちなみにBG基地はやはりあの地熱が高い部分―島の北西から北にかけての場所にありましたので、その最も近い位置から上陸するのは第三班、続いて第二班、第一班となります。
「よし、それじゃみんな、出るぞ!」
 力強く叫んだ009を先頭に、メンバーたちは素早く、そして静かにドルフィン号から海中へと出陣したのでございます。

 その頃にはもう、BG基地の迎撃準備も何とか完了しておりました。とはいえ、今回のこちらの目的はあくまでもお引越しと在庫品処分、迎撃や戦闘はあくまでもそのついでというか、カモフラージュにしか過ぎませんでしたから、その布陣もいつもとはちょっぴり、いえかなり違っていたのでございます。
 通常の敵襲そして迎撃ならば一番の主役になるはずの戦闘員たちは、何故か今回に限り一切の作戦参加を禁じられ、科学者その他の非戦闘員同様、早々と脱出艇にて待機させられておりました。
 そのかわり大忙しとなったのは、普段なら明らかな脇役、縁の下の力持ちであるはずの整備兵たちです。何と言っても十数年から二十年以上も倉庫で眠っていた中古品をわずか数時間で整備し、それなりに戦えるように調整しなければならないのですからその苦労は並大抵ではありません。しかし、彼らにもまた―担当している在庫品の出撃を見届けたら即刻脱出艇に退避するようにとの厳命が下されておりました。ヒラの下っ端兵士など完全な使い捨ての消耗品というのが常識、冷酷かつ非情な悪の秘密結社BGではございますが、こんな―戦闘というよりは在庫品処分のために兵士を無駄遣いするほど気前よくもありません。いかに使い捨ての消耗品とはいえ、大事なBGの資産には違いないのですから、できるだけ有効活用しなければバチが当たるというものです。
 …だからというわけでもないのでしょうが、今回の迎撃、そして戦闘は全てスカール様を始めとする幹部連が仕切ることになっておりました。ま、迎撃だの戦闘だのといってもせいぜい出撃した在庫品を遠隔操作するくらいが関の山、あとは頃合いを見計らって00ナンバーどもを基地内奥に誘い込んで自爆装置を作動させ、待機している部下ともども脱出すればいいだけです。正直、わざわざBGのお偉方が出張ってくるほどのこともないような気もするのですが、「00ナンバーどもを解体屋代わりにコキ使う」というあの作戦は幹部連中の間でも大ウケでしたので、もしかしたらみんな、それを見物したかったのかもしれません。
 ま、そんなこんなで地下作戦司令部に勢ぞろいしたBG幹部たちの間には、戦闘開始直前とは思えないほど和気藹々とした、のんびりムードが漂っていたのでございました。
 出入口から見て一番奥の壁一面に埋め込まれた巨大なディスプレイパネルに向かって半円形のすり鉢状に整然と配置されたおよそ五〇ほどの座席は、現在前半分程度が埋まっております。そして最前列、ディスプレイパネルの前にしつらえられたとりわけ巨大かつ豪華な専用席には、どっかりと腰を下ろされたスカール様のお姿が…ちなみにそのお膝には、いっちょ前に戦装束―日の丸ならぬスカール様印(=ドクロマーク)の必勝ハチマキをしめたパピが、ちんまりとお座りしておりました。
 そんな座席の間をせわしなく走り回り、幹部連のお世話に汗だくになっているのはもちろん我らが横山くんでございます。
「はい皆さん、もうお飲み物は行き渡りましたでしょうか? 確か、アイスコーヒーをご希望の方がもう一人おいでになったはず…」
「おう横山、それはわしだ、わし」
「はっ、ボグート様! 失礼致しましたっ。どうぞ」
「横山、お前もそのへんで席に着け。さー、いよいよ始まるぞ〜。皆の衆! 今日は一つ、あの裏切り者どもが汗水流して我がBGのために働く姿を存分に見物させてもらおうではないかいなっ♪」
「おうっっっ!」
 場の雰囲気が大いに盛り上がったところで、スカール様が専用席備えつけのメインコンソールに手を伸ばされます。途端、巨大ディスプレイパネルに島内各地点の映像が、分割画面となって浮かび上がってまいりました。そのうちいくつかの画面に見え隠れするのは鮮やかな緋色の防護服と黄色いマフラー、00ナンバーサイボーグです!
「ほ〜ぉ、いよいよやってきおったな、裏切者どもっ! …ふむふむ、東の崖には003と005、西は004と006、海岸からは002と009か。007と008の姿が見えんが…まぁいい、横山っ! 在庫品の準備状況を報告せよっ」
「はっ! 在庫品部隊第一陣、恐竜型ロボット五体、一つ目ロボット十二体、出撃準備完了致しました! 第二陣、コプラーズアーム二十体も十五分後には出撃可能っ」
「よし了解っ! ふっふっふ〜。そんじゃ最初は何をけしかけようかな〜♪」
 横山くんの報告に大きくうなづいたスカール様はうきうきわくわく、腕組みをしてほんの少々考え込まれます。そしてふと、面白いことを考えつかれたのでした。
「…なぁ、パピ坊。こんな場合、お前なら奴らをどうやって攻撃する?」
「え…? ボク?」
 いきなり話しかけられてきょとんとスカール様を見上げたチビ犬、しかし大事なご主人様からのご質問とて、その小さな頭で必死に考えます。
「えーと…。ボクならね、一番はやっぱりあの恐竜ロボットしゃんに、三方同時に攻撃してもらいたいでち。あの裏切者しゃんたちは九人、このディスプレイに映ってる人たちだけじゃ数が足りないでしょ? きっと何人か、秘密裏に行動ちてる人たちがいるはずでちよ。そこへいきなり大きなロボットで派手に攻撃仕掛けたら、隠れている人たちも慌てて応援に駆けつけて、全員の所在がはっきりするかなぁ、って…」
 おずおずと、しかしきっぱり申し上げたパピに、たちまちスカール様は破顔一笑、大きくうなづかれました。
「おお、そーかそーか♪ よくできたぞ、パピ坊。ならお前、いっそこの戦いの全指揮を取ってみるか? 何と言っても今回の作戦の立案者はお前なのだから、立派にその権利があるというもの、そうじゃないかえ、皆の衆!」
 振り返ったスカール様に、背後の幹部連からも大きな歓声が上がりました。パピがただのチビ犬でないことはすでに全員知っております。もっとも、経営手腕ならともかく戦闘指揮にかけてはずぶの素人犬ではありますが、あれだけの知能を持っていれば、まぁそれなりの戦果は期待できるのではないでしょうか。ダメならダメでそのときはすぐさまスカール様なり自分たちなりが交代してやればいいこと、それより、もしもパピが00ナンバーどもに一泡でも二泡でも噴かせることができたなら―。
 あの裏切者どもをコキ使うばかりか、奴らが基地内のアイドル「犬」にしてやられて右往左往する無様な格好まで見物できるかもしれないのです。これはもう、BG団員ならば絶対に見逃す手はない、世紀のスーパーエンターテイメントというものでございましょう。
「頑張れパピちゃん!」
「おじちゃんたちがついてるぞっ」
「よっ、日本一!」
 背後からの大声援を受け、パピはこっくりとうなづきました。そしてまたまた目の前のメインコンソールにちょこんと二本の前脚をかけ、しばし目を閉じて大きな深呼吸をした末に。
「恐竜ロボットしゃん、出撃! 東と西の敵には各一体、残る三体は南の海岸の敵を殲滅してちょうだいっ」
 指令マイクにきっぱりとした命令を送るや、小さな前脚が目にも止まらぬ速さでコンソールを操作し始めたのです。
「うおぉぉぉぉっ!」
 再度湧き上がる大歓声と拍手の渦。今や、地下作戦司令部はさながら米大リーグオールスターゲームかワールドカップ決勝戦並の興奮と期待の坩堝と化していたのでございました…。
 


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