2008.08.20.(日)      ピュン誕とお礼と業務連絡

 さ〜ぁ、本日は待ちに待ったピュンマ様のお誕生日♪ 管理人、毎年恒例S様宅の「ピュン誕2008」に乱入し、思う存分「ピュンマ様ぁぁぁっ! お誕生日おめでとうございますぅぅぅぅぅ〜っ!!」と絶叫してまいりました。
 こんなうるさい年寄りを優しく迎え、一緒に遊んで下さった参加者の皆様方に心より感謝申し上げます! 相も変わらず真夏日続き、ちょっとでも気ィ抜いたら人の心はおろか姿さえも見失ってしまいそうな今日この頃ではございますが、雄大な海原を自在に泳ぎ回るピュンマ様のご雄姿を一服の清涼剤として頑張りましょぉ!

 さてここで業務連絡。来る8/22〜23にかけて、管理人&案内人、これまた毎年恒例「第六次山梨墓参りツアーオプション犬つきプラン」に行ってまいります。実質たった一晩だけのネット落ちですが、その間頂戴したメール及び掲示板カキコ等のお返事は多分24日以降になってしまうかもしれない旨、畏れ入りますがご了承下さいますよう、よろしくお願い申し上げます(人・犬揃って深々と平伏っ)。



2008.08.17.(日)      忘れてはいけない

 開幕以来熱戦が続く北京オリンピックでは、日本勢も各種競技でメダルを獲得したり入賞したりと大健闘、まことにめでたい限りである。
 しかし、だからといって去る15日の敗戦記念日まで日本国中オリンピック一色だったっつーのもどーだかねェ。
 特にTVの番組編成ときたら朝から晩までオリンピック中継とそっち関連のワイドショーばっか、敗戦記念日らしい番組なんざほとんどといっていいほどなかったしよ(あ、でもかろうじて朝10:00台に一本、戦争関連のアニメが放映されてたらしいケド<結局自分も観なかった<笑)。
 そりゃまぁ、せっかく高い金払って放映権買い取ったからには一分一秒でもオリンピック映して元を取ろうというTV局の気持ちもわかるし、一方の視聴者側だって、今更戦争なんて暗い過去思い出してどよよよよ〜んと奈落の底に落ち込むよりも、日本選手の応援に一致団結して盛り上がり、「感動」とやらの涙を流している方がよっぽどお気楽で心地いいことだってぇのは充分察するに余りあるんだけんどもさ。

 そんな一致団結の一体感やら感動の涙やらに自己陶酔する以前に、忘れちゃいけない大事なことがあるんじゃないのかね?

 例えば、現在でもなお世界各地で紛争や内戦が続いているということ。
 オリンピックの大舞台で人々の歓声に包まれている選手たちの中にも、そんな国々からやっとの思いで参加した人々が数多くいるであろうこと。

 そして何より、ほんの63年前まではこの日本もまた戦火に包まれ、何万、何十万という犠牲者―それも兵士ばかりでなく非戦闘員であるはずの老人や女性、そして子供まで―が無残にその命を絶たれ、また戦場ではそれと同じくらいの敵兵や非戦闘員―他国の人間の命を奪っていたという歴史的事実。


 もちろん管理人には、日々懸命に頑張っている選手の皆様方の活躍だの、それを見ている一般国民の皆様方の素直な「感動」に水を差すつもりなんざ毛頭ないんだけどさ(いや、すでに水を差すどころかバケツで氷水ぶっかけてるからっ!!>自分)。
 ただ、あまりの感動やら興奮やら熱狂やらというモノは時として人の目を眩ませ、耳を塞ぎ、他のあらゆる思考を脳内から追い出してしまう、それが怖いのだ。
 かつてこの国が経験した戦争だってそうだ。「あの戦争を引き起こしたのは国家(=その指導者たち)であり、国民はその犠牲者に過ぎない」というのが現代日本の常識なのかもしれないけれど、仮にどれほど巨大な権力を持っていようが、指導者だけで「国家」は成り立たない。国民もまた、国家を形成する上で欠くことのできない一要素なのだ。確かにあのとき、舵を取る方向を間違えたのは国家の指導者たちだっただろう。けれどそれを強く後押ししたのは間違いなく、戦争による領土拡張や特需景気、(戦争初期の)自国軍の大勝利に感動、熱狂、興奮した国民全てに他ならない。
 ならばあの戦争を引き起こした責任は当時の指導者たちのみならず、国民全員が負うべきものなのではないだろうか。

 戦争犠牲者に思いをはせるとき、多くの人々が「感謝」の言葉を口にする。今我々が平和に暮らしていけるのは、あの戦争で命を落とした尊い犠牲者のおかげだと声を詰まらせる。しかし当時の国民が、舵取りを誤った指導者を支持して一蓮托生、共に戦争へと突き進んだことを考えれば、感謝よりもまず謝罪の方が先なのではないかと管理人は思う。と同時に、二度と同じ失敗を繰り返さないよう己を強く戒め、その教訓を確実に次世代へと伝えていくこと―それこそが生き残った者の責任、亡き人々の御霊への何よりの供養ではないかと思う。
 そして戦争を知らない世代である我々にもまた、先人たちが身をもって示してくれた戦争の悲惨さ、虚しさ、愚かしさをしっかと受け止め、また次の世代へと確実に手渡していくという「未来への責任」があることは今更言うまでもないだろう。

 四年に一度のオリンピックがもたらす感動、熱狂、興奮が、かつて日本を戦争へと導いたそれとは全然違うことくらい管理人もよくわかっている。けれどこれまた一年に一度、過去から未来へと伝えていかなければならない責任と教訓の重さを再確認しなければいけない日すら忘れてTVにかじりついている人々を見ると、やはり一抹の不安と恐怖を覚えてついつい背筋が寒くなってしまうのである。



2008.08.09.(土)      一寸先は大雷雨

 去る5日首都圏を襲った突然の集中豪雨によって流された作業員の皆様方、残念ながら最後のお一人も遺体で発見されたそうです。他にも道路の陥没や家屋の床上・床下浸水など多くの被害がもたらされました。遅ればせながら、亡くなられた方、そして被害に遭われた方に心よりお悔やみ、お見舞い申し上げます。



 しかしそういう管理人も、あのときには結構とんでもない目に遭っちゃったんだよねー。…いやもちろん、そんなに大したこっちゃないけどさ。おかげさまで管理人宅付近では陥没した道路も浸水した家屋もなかったし、もちろんウチとて家屋人間ワン公ともどもみんな無事だったし。
 ただ管理人だけが運悪く(それとも日頃の行いのせいか?)あの集中豪雨(<ゲリラ豪雨とはよく言ったモンだ)の真っ最中、傘なしでおよそ1.5km先のスーパーから家まで自転車飛ばす羽目に陥ってしまったのだった。

 ことの起こりは先月半ばあたりからまたしても管理人を襲った目玉の炎症。そう、かつてN.B.G.のお庭に投稿してた頃から時折起こるアレです、アレ。もっとも眼医者さん(<この日記にも時々出てくるY先生のトコ)に行ってお薬つければすぐに治っちまうんだけんども、やっぱ完治するまでは週に一度の通院なんぞもせにゃならぬ。そしてついでにY先生の眼科医院は、これまたこの日記に時々出てくるSスーパーからおよそ20mくらいのところにあったりするので…。
 あの日Y医院へ行くという管理人に実母が「だったら何か夕飯のおかず買ってきて」と頼んだのは至極当然、そしてそのとき午前11:15現在の天気ときたら曇りとはいえ雨が降る様子などこれっぽっちもなかったし、時々弱々しいながら陽射しすらも見えていたので、UVクリームしこたま塗ったくった管理人が傘も持たずに自転車で出かけたのもこれまた当然(?)。
 ところがいざ診察終えて11:50頃外に出たら空一面に真っ黒な雲が不気味に広がり、とても昼時とは思えない暗さになってて、「うわ、こりゃ早く帰らないとヤバイかも…」とスーパーに駆け込み大急ぎで買物済ませりゃ、そのわずか20分程度の間にあんなナイアガラの滝のごとき豪雨(それも凄まじい雷つき!)が降ってくるなんて、そりゃないよぉぉぉ…。

 それでもとりあえず、30分くらいはお店の中に居座って様子を見てたんだけんども。
 待てど暮らせどちっとも雷雨の勢いは衰えず、そればかりかいよいよ激しくなっていくばかり(のよーな気がする)。とはいえ、ずっとこのお店にいるわけにもいかんしなぁ。何しろアタシ、さっき茹でダコの足とロースハムのパック買っちゃったしさ、おまけに自転車だからってんでリュックなんか背負ってきちゃったしさっ! ああ…こうしている間にも背中に密着したリュックの中、アタシの体温でタコとハムがどんどんあったまっていくぅぅぅ…。
 苦悩すること3分半、オバサンついに覚悟を決めました。な〜に、思い起こせば四半世紀前の高校時代、予備校の夏期講習の帰りにもこれと同レベルのとんでもない夕立にぶち当たり、全身ずぶ濡れになって家に帰りついた経験もあること、いかな土砂降り、雷だろうと、ただ雨に打たれてるだけなら人間死にゃせんわぁぁぁぁぁっ!!!
 かくて携帯財布腕時計、濡れちゃ困るモノ一切を予備のレジ袋でしっかとくるんでリュックに押し込み、ついでに自分の頭にもレジ袋かぶってナイアガラの滝…じゃなかったゲリラ豪雨、いや雷雨の中に飛び出した管理人だったのですが。

 ひぇぇぇぇ〜っ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!! オバサン、ゲリラ豪雨の凄まじさを完全に甘く見てました…。一歩外に出た途端、立ってるだけで全身シャワーどころか束になったホースで水浴びてます状態、頭から流れ落ちてくる雨のおかげで目が開けてられないっ! さらに自転車なんぞ走らせたひにゃ、今度は真正面から顔に向かって飛んでくる雨粒までもがもろに目玉を攻撃してくるぅぅぅ〜。ただでさえ雨と水しぶきで視界が悪い上にコレじゃ、ほとんど目隠しして自転車走らせてんのも同然だよオイっ! ああ、生まれて初めてプールや海以外の場所で真剣に水中メガネが欲しいと思いました…。

 そーいえば高校時代のあんときって、雨の勢いはこれと似たようなモンだったけど、確か自転車じゃなくて歩きだったんだっけ。そっか、だから今日ほどえらい目見ずに帰れたんだ…って、そんな大事なことを完全に忘れてたなんてあーもうアタシのバカバカバカっ!!
 とか何とか自分で自分を罵っている間にもますます激しくなっていく雨、轟く雷鳴、視界ゼロ。正直、無事家にたどり着いたときには腰が抜けそうになりましたよ、いやホント。

 …もっともそのあと自宅玄関にて、バスタオルと共に飛び出してきてくれた実母に買ってきた荷物だけ渡して(何てったってほれ、例のタコとハム、一刻も早く冷蔵庫に入れてもらわにゃ)着ていた服全部脱いでざっと体拭いて、いざ下着を取り替えようと風呂場に向かった瞬間、凄まじい雷鳴と共に家が停電に見舞われましたが。

 ま、おかげさまでそれも数分後には復旧したんだけどさ、今度は家中の電動雨戸と家電付属のデジタル時計(ほら、最近ってば食器乾燥機とかオーブンレンジとかお風呂の湯沸かし器とか、いろんなものにデジタル時計が内蔵されてるでしょ?)が丸ごと全部イカれちゃってね、着替えた後はドライバー片手にひたすら雨戸及びデジタル時計と格闘、全てが終わってようやくほっと一息ついたのはそろそろ夕方近くになってからだったのでした…ちゃんちゃん♪



 それにしても、立ってるだけで目を開けていらんなくなるほどの大豪雨(雷つき)なんて都会じゃ滅多に経験できるモンじゃなし、うん、こりゃもしかしたらいつかSS(特に戦闘モノとか)書くときの参考になるかもしんないな〜。

 でもこんなのんきなことほざいていられるのも、ただずぶ濡れになっただけで(ついでに停電もしたケド)すんだからであって…それを思うと、いまだ己れの悪運の強さにひたすら感謝するばかりの管理人だったりするのです…。



2008.07.31.(木)      みんな踏まれて大きくなった

 えー、こんちまたまた他力本願その上古ネタ(<コラ!)、ちょっぴり以前の某新聞に載っていたとある女性漫画家さんのコラムをめぐってごちゃごちゃと。
 さてその内容はといえば、「電車に乗っていたら小学校低学年くらいの子供を連れた妊婦さんが乗ってきたので『お母さんに』席を譲ったところ、そのお母さんは自分ではなく子供を席に座らせた。譲られた席をどうするかは譲られた側が決めることであって譲った側がどうこう言う筋ではないが、やはりこの場合は妊婦であるお母さんを座らせてあげて子供は立っているべきなのではないだろうか。どうも釈然としない」というもの。
 したらたちまち読者投書欄にて賛否両論の意見が激突して…。

 多分皆様もお察しのとおり、管理人はもちろん漫画家さんの意見に大賛成…どころかさらなる過激派、「車内で立ってらんねぇようなガキが生意気に電車になんぞ乗るな!」というのが本音だったりするんだけんども、やはり事情は人それぞれ、この世にはよんどころない理由でまだよちよち歩きの子供と共に電車に乗らなくちゃならないお母さんもさぞ沢山おいでだろう…と思い、一応反対意見にも目を通してみた。
 それはほぼ管理人と同年齢のやはりお母さんからの投書で、曰く「電車内には子供がつかまれる箇所がほとんどないから母親が手をつないでやらなくてはならないことも多い。そんなとき万が一子供がよろけたりして、母親まで一緒に転んだりしたらよほど危ない。だからこそ、その妊婦さんは自分ではなく子供を座らせたのだろう。自分も同じような立場だからよくわかる。年齢にもよるが、電車内における子供はやはり弱者として労わってやるべき存在なのではないだろうか」というもの、この時点では管理人も、「ふ〜ん、やっぱ実際に子育てしているお母さんは何かと大変なのだな…」とか何とか感心していたのだが。

 さらに詳しく読んでみれば、何とその投書者さんのお子さんというのはすでに8歳と6歳! それを知った瞬間管理人は元の過激派に逆戻り、「オイコラちょっと待てぇぇぇっ!! 8歳と6歳にもなって何が弱者だふざけんなっ!! 電車の中で親に甘えられんのはせいぜい幼稚園卒園までだ覚えとけっっっ!!」と絶叫してしまったのであった。
 もっとも、投書者さん親子の名誉のためにつけ加えておけば、いまだ彼女が電車の中で子供さんたちの手を握っているかどうかについては一切触れられてなかったんだけんども。

 それでもやはり管理人は、小学生以上のガキが電車の中で親に支えてもらってたり先に座席に座ったりするのは甘え以外の何物でもないと思う。

 …な〜んてコト書くとさ、「あーあ、いい年こいた独りモンが子育ての経験もないくせにまた何やらヒステリー起こしてるわ、みっともない」なんて嘲笑われるかもしんないことは管理人も重々承知してんだけどね(…ただのヒガミだよソレ>自分)。
 しかしオバサンはいー年こいて独身子無しのゴクツブシ中年女として言っているのではない。今を去ることン十年前、小学校入学からわずか二週間目にして親の手離れ、ランドセル背負ってサブバッグ持って元気よく〜♪ 営団地下鉄(現東京メトロ)丸の内線、朝の通勤・通学ラッシュの中に単身放っぽりこまれた元小学校一年生として言っているのである。

 管理人が通っていた小学校(<東京都山手線内)には諸般の事情により電車通学している児童の数が結構多かった。それも大抵四〜五駅以上、複数路線を乗り換え乗り換え、東京23区内を半周くらいして通ってた子もいたし、中には元々徒歩通学組だったのが小学四年の途中で神奈川県に転居、けれど転校は断固拒否して二つ年下の弟とともに片道一時間半かけて卒業まで通いとおしたツワモノもいたな〜(しみじみと遠い目)。そんな気合の入った友達に比べりゃアタシなんか乗り換えナシでたった五駅、ドアtoドアでわずか40分てな生ヌルイ通学環境だったしぃ〜、大して偉そうな口聞ける立場じゃないのはよくよくわかってるんだけんどもさ。

 そのわずか五駅の中に当時乗降客数日本一を誇ってた新宿駅(<もっとも現在はどーだか知らんが)が交じってたとくれば、通学距離の長短はともかくラッシュ時の電車内人口密度だけはハンパじゃなかったと思う。当然、そんな苛酷な通学路に子供を送り出す親御さんたち(<管理人の両親含)の心配も並大抵のものではなかったであろう。
 しかし学校側の方針はあくまで「入学式から一週間を過ぎた児童への付添いは絶対禁止」、期限を過ぎても内緒でこっそり送り迎えしてた父兄は見つかり次第ビシバシ摘発され、以後必ず児童一人で通学させるよう、それはそれは厳しく言い渡されたそうな(ちなみに管理人の実母は期限後一週間で摘発されました。しかし後から聞いたところによると、それって結構頑張った方だったとか)。

 …ま、そんなわけで話は再び「小学校入学からわずか二週間目にして云々」てなところに戻るんだけどもよ。
 確かに、いきなりたった一人で「あの」殺人的ラッシュに立ち向かわなくちゃならなくなった子供の恐怖心つーたら並大抵のモンじゃない。だがどーしてもやるっきゃないと思えば、これまた子供は子供なりに精一杯知恵を絞ったりするわけでさ。
 結果、最初に思いついたのが「紛れ込み戦術」。いやもうこれったら初歩中の初歩、ホームに入ってきた電車にお客様たちが乗り込もうとした瞬間、さり気な〜くその列の最後尾から二、三番目あたりに紛れ込むんですわ。ちなみにこの作戦においては「最後尾から二、三番目」という位置こそ最大のミソ、決して先頭や真ん中や最後尾に並んではいけないのである。

 何故かというと、例えば列の先頭だといざ電車に乗り込む段になって後ろから殺到する他の乗客の方々に押されてすっ転ぶ危険性があったりするので×。万が一そんなことになったら一瞬にして踏み殺されるこた間違いなしだし、それでなくとも自分の後ろに並んでいた皆様全員の体当たり喰らって車内の人垣、もしくは反対側のドアのガラスに激突する可能性だって大いにあるよーなトコにはやっぱ並びたくないでしょフツー。
 その点、列の真ん中あたりなら背後に並んでいる方々の数も先頭のほぼ半分程度(<単純計算@当社比)、当然体当たりの勢いも半減されるだろうから大分安全なんだけどね。しかしながら背後からの力が半減すりゃ押し込まれる距離もまた半減するてーのは物理学の初歩、よって車両の真ん中へんで立往生しちまう可能性が大いにあるわけで…これまたランドセル背負った小学一年生にとってはヒッジョ〜に困るのである。
 だってそのあたりってばつかまれるものが何一つないじゃん。
 元々吊り革なんぞにゃ手が届くわけもないのは充分わかってるから当てにもしてないけどさ、それでも大抵の電車のドアの両脇に設置されてる手すりとか、そのもそっと脇に二、三本おっ立ってる座席を支える柱とかにならいかにチビっちゃいガキでも充分つかまることができるじゃないよ。しかし電車の中央部にはそんな手すりも柱も何にもないからして、そんなトコに乗っかっちゃったひにゃ不安定なこと極まりない(<ま、最近じゃ車両中央部に柱が立ってる電車も結構走ってるみたいだけんどもさ)。よって列の真ん中もこれまた×。
 そしても一つ、列の最後尾に並んだ場合の理由は極めてシンプル、単純明快。
 自分の後ろに並んでいる、すなわち押し込んでくれる人が誰もいない状態では、小学一年生がラッシュ時の満員電車に乗り込むことなんざまず無理…以上、説明終わって最後尾も×。

 しかし最後尾から二、三番目なら、いざというとき後から自分を電車内にどつき飛ばして…もとい乗せてくれる人もちゃんといるし、その数が二、三人ならさほど奥へと押し込まれる危険性もない。それどころか乗り込んだドアぎりぎり、例のドア脇の手すりや座席の柱のすぐ近くの位置をゲットできる可能性が極めて高いのだ。それに、いくら幼い子供とはいえあんまり前の方に割り込んだりしたらやっぱ顰蹙買っちゃったりするけど、最後尾近くなら結構みんな大目に見てくれるしね〜…ってんで見事小学校生活最初の試練を乗り越え、ちょっぴりたくましくなった一年生はその後も毎朝ラッシュにもみくちゃにされつつ、元気に通学するわけだが。

 やがて二年生くらいになるとガキも結構したたかになってきて、列のどの位置に並んでいようがちゃんと自分の目当ての場所、すなわちドアの脇に乗り込めるようになる。要するに、背後からの力を自由自在に利用する術を体で覚えるわけですな。と同時に頭の方も多少は賢くなってるからして、件の手すりと座席の柱の間にうまく入り込むことができればちっとやそっとの揺れや急停車なんざ簡単にやり過ごせることを発見したりなんかする。
 さらに経験を重ねた三年、四年はもう立派なベテランの域、この頃になると上記の安全地帯にすらさほどこだわらなくなる。いやそりゃね、「激しい揺れや急停車による転倒防止のため、お立ちの方は必ず吊り革や手すりにおつかまり下さい」って鉄道会社さんのお願いはしっかり承知してるんだけどさ、実はこの「揺れや急停車による転倒」ってヤツ、ぎゅうぎゅう詰めの満員電車になればなるほどかえって安全なんだわ。ペットボトルや缶ジュースを箱につめたとき、箱の大きさに対して詰めるボトルや缶の数が少なくて隙間だらけだとちょっと揺らしただけで倒れたり転がったりするけど、隙間なくぎゅう詰めにすればかなりの衝撃を加えてもそうそう倒れたりしない、アレと同じ理屈ね。もっとも人間の体ってばボトルや缶と違って前後左右に曲がったりしなったりすっから思いがけない隙間ができることもあるし、やっぱ危ないことにゃ違いないんだけど(特に骨が硬くなってる大人の場合はマジヤバい。だけどまだまだ骨どころか体全体が柔かく、ちっとやそっと転んだり押し潰されたりしても平気の平左なガキんちょはまだまだそこまで考えない<大笑)。
 でもっていよいよ五、六年とくりゃ体格も体力もかなり大人に近くなってるし、もはや怖いものなど何もありゃしませんがな。ええ、ここまできたら他力本願の「紛れ込み戦術」なんて頼まれたって使いません。ただひたすらに己が体重と根性を頼りに渾身の力を込めて乗客の列に自分から突進していく「どすこいぶつかり稽古戦術」に作戦変更するわけです(ちなみに発育が早くて負けん気の強いヤツだと、三年生の終わりあたりからぶつかっていくこともある<またしても大笑)。

 …とまぁ、ここまで立派にたくましく育っちゃうと精神面においてもかなり強靭に…というよりふてぶてしくなってきちゃってね。
 確か四年生だか五年生のときだっただろうか、先生がこんな話をして下さったことがあった。何でも朝電車の中で、ウチの学校の制服着た(多分)一年生が半泣き状態でラッシュの人ごみに挟まれていたのだという。で、よくよく見れば挟まれてるのはその子自身じゃなくてランドセル。しかもどーゆーはずみかだんだん上にずり上がってっちゃって、先生が見つけたときには半ば宙吊り状態、電車がカーブを曲がったり揺れたりするたびにあっちゃこっちゃにぶん回されるわぶつかるわで、とうとう泣き出してしまったらしい。たといよその学年といえども可愛い生徒がそんな目に遭ってるのを目撃した教師としては、すぐにでも助けてやりたいのが人情、ああそれなのにそれなのに。
「何しろ満員電車の中じゃ先生も動くに動けなくてねぇ…。何とかそばに行って引っ張り出してやろうと随分頑張ったんだけど、結局近づくどころか手を伸ばしてやることさえもできなかった…」
 そして悄然と肩を落としてため息をついていらした先生、だがそれを聞いている電車通学組はといえば、その程度の修羅場は多かれ少なかれ全員すでに経験済だったりするので…。いかに神妙な顔つきで耳を傾けていたところでその内心は「へー、ほー、ふ〜ん」、かの西原理恵子先生の名作「ぼくんち」に出てくる一太くんの名台詞よろしく「ガキは誰でも通る道じゃ、次から要領ようせいよ」とこっそりうそぶいてたりなんかする(<コレって絶対先生より生徒の方がスレてるよな<笑)。
 むしろ「ラッシュ時の満員電車の中ではたとい恩師といえども助けてもらえない(…つーか、助けたくても助けられない)」、この事実をしっかと肝に銘じ、「頼れるのは己が気力体力根性のみっ!」という決意も新たに明日への闘志をめらめらごうごう燃え上がらせるばかりなのであった…。



 …とまぁ、例によってただ長ったらしいだけの駄文をずらずら書きたれた上でもう一度、三十ン年前の小学一年生兼現在の独身子無し中年女は主張する。
 病気や怪我をしているときならいざ知らず、ごく標準的発育を遂げた小学生以上の健康なガキならたとい単身ラッシュ時の満員電車に放っぽり込んだところで別にどーなるモンでもねぇんだよ。

 だ・か・ら。

 電車の中ではガキは立っとれ座るんだったら親が先じゃい!!!



2008.07.14.(月)      やっとこどっこい5周年!!

 皆様、いつも遊びにおいで下さいましてどうもありがとうございます。
 おかげさまで本日、弊サイトも無事5周年を迎えることができました(あおぉぉ〜ん! あお〜んっ! あおっ、あおっ、あおっ、あおっ、あおっ…わおぉぉぉお〜んっ!!<毎年恒例案内人の歓喜の遠吠え、5周年記念「谷渡りバージョン」)!
 これもひとえに皆様方の応援のおかげ、人・犬ともども厚く御礼申し上げます(管理人&案内人、並んで深々と平伏っ)。

 …とまぁ、例年ならばこうして御礼申し上げればそれで終わりになっちゃうはずなんですけんども、5周年ちゅーたらいわゆる一つの節目とゆーヤツですし、だったら今年は他にも何かやらかしてみっか、と考えた管理人、思い切ってチャットなど常設することに致しました。もし「覗いてってやってもいーよ」という奇特な方がおいでになりましたら、TOPページ及び案内所の「群雀」の文字をクリックしてやって下さいませ。チャットルーム入り口にて、案内人が尻尾振り全開でお出迎え、ご説明など致しております。なお、本日7月14日は23:15〜23:30頃から小一時間程度、管理人も顔を出すつもりでおりますので、ヒマを持て余している方がいらっしゃいましたら退屈しのぎにからかって…いえいえ、お喋りなどしていただければ何よりの幸いでございます。

 拙い作品ばかりの弱小サイトではありますが、おいで下さる皆様方に少しでも楽しんでいただければと、管理人&案内人コンビ、これからも精一杯やっていく所存でおりますので、皆様方におかれましてもどうか末永くご贔屓下さいますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。



2008.06.29.(日)      過去の懺悔と現在の不満

 昨日、何の気なしにサイトを覗いたらカウント44444を踏んでしまいました。管理人指定キリバンではないものの、しっかりゾロメの上にアルベルト様の「4」が五つ並び(!)という非っ常〜においしい数字だったのに自爆しちゃってすみません…(土下座っ)。

 …って、別にコレが懺悔というわけではないんですけんども。
 実は先日、TVでちょっとした懐メロ特集番組などやっていて。ついついチャンネルを合わせてしまった管理人、遠い昔の幼稚園入園以前から高校卒業前後にかけて大ヒットした名曲の数々に、目に涙すら浮かべてしみじみ聞き入ってしまったのでした。
 中でも一番懐かしかったのはイモ欽トリオの「ハイスクール・ララバイ」♪ というのも実はこの曲のレコード、まだ制服着ていた頃の管理人が「欽ちゃんの良い子・悪い子・普通の子」観て大笑いしていたのを目の当たりにしていた&当時パチンコにえれーことハマってた実母がある日突然「ちょっとりーみん、今日は何だかえらいこと勝っちゃって、他に欲しいモンもなくなっちゃったから取ってきたわよ、あんたの好きなレコード」と放り投げてよこした、いえいえにっこり笑って手渡してくれた、「母の愛情」溢れる一枚だったりするからであります。そればかりか挙句の果てには娘まで当のパチンコ屋に連れてってくれやがりましてねぇ。またそれにホイホイくっついてった娘は娘で、保護者同伴を隠れ蓑に、年ごまかしてガンガン打ちまくっておりましたこと、ここに謹んで告白、懺悔致しますです…(土下座っ)。
 でもそのおかげで中島みゆきお姐さまの某アルバムまでかなり格安で入手することもできましたし、「母の愛は海よりも深し」とは本当によく言ったものでございます(いやそれちょっと違うからっ!! …てか、いくら二十年以上前の話とはいえ家族ぐるみの触法行為をネットで曝してどーすんだよオバハン!>自分)。

 さて、そんな「母の愛情」溢れる一枚(<しつこい)ともなれば今だ手元に残ってるのも当然、よって番組終了後ひっそりこっそり思い出に浸ってみんとて件のレコード引っ張り出して聴いてみりゃ、あら…? このイントロってばそこはかとなく、当時の最先端音楽たるテクノポップの匂いが濃密に漂っているようないないような…と思う間もなく、たちまち華々しく響き渡るシンセサイザーの電子音、コレの作曲者は絶対只者じゃねぇっ! …とばかりにジャケット引き抜いてよくよく確認したところ、なんとこの作曲・編曲者はあの「YMO」の細野春臣さん!!(<…つーても多分現代の若者にゃワケがわからんだろな〜)おお、そーかそーかそーだったのかと深くうなづいた管理人、今度はYMOのベストアルバムを大音量で聴きまくったりなんかして心はすっかり十代に逆戻り、それはそれは懐かしくも幸福なひと時を過ごしたのでした。



 …しかしいくら心が十代に戻ろうがやはり体は立派な中年、奇しくも同じその日には毎年恒例、オッサンオバハン御用達の区民健康診査のお知らせが届いちゃったりなんかして。おまけに何だか今年は送られてきた書類の中身がビミョーに違ってるような気が…ってよくよく見れば「特定健康診査問診表」なんぞと書いてある。は〜ん、さてはこれが世に言う「メタボ検診」というヤツね、な〜るほど。
 で、見るともなしにその問診の中身とやらを眺めてた管理人、とある問診箇所で「ん〜???」と大きく首をひねってしまったのであった。
 それすなわち「ほぼ同じ年齢の同性と比較して歩く速度が速いですか」という質問。いや、この質問自体はこの上なく簡単、おそらく大抵の人間は数秒以内に答えを出せるであろう。しかし…。
 何故か知らねどその回答欄の選択肢は「はい」と「いいえ」の二つだけ。ちょっとぉぉぉ〜、これじゃ「ほぼ同じ年齢の同性」のごく平均的な速度で歩いてるアタシみたいな人間は一体どこに○つけりゃいいってわけぇ〜? あーあ、どーしてお役所てぇのはこんなワケわからん欠陥文書をヘーキで送りつけてくるんだろ、やれやれ…とため息つきつつ苦笑したのもつかの間、さらにそのちょっと先まで読んだときにはその苦笑さえも吹っ飛んで泣きたくなってきちゃいましたよ、だってねぇ…。

 今度出てきたのは「人と比較して食べる速度が速いですか」という質問、しかもこっちの回答欄にはちゃんと「速い」「普通」「遅い」って選択肢が三つかいてあんのよぉ? だったら何ゆえ先の質問の回答欄にも同じく三つの選択肢を載っけとかんのじゃい、○○区保険衛生部健康増進課っ!!
 そりゃあ、まだ下書の段階ならちっとやそっとの間違いがあるのもしょーがないかもしれない。でもさぁ、いざそれを発送する前にはやっぱ再確認の一つもしとこうかい、みたいな気分にならんのかね、区役所ってトコは。でもってもし再確認したとしたら、担当者の皆様方はなして気づかんのかね、このささやかながら回答者を大いに困惑させる重大なミスによ。

 はぁぁぁぁ〜。この前「ねんきん特別便」についてグチったときもそうだったけどさ、最近…どころかオバサンが物心ついて以来のン十年、国家地方を問わず公務員の皆様方にはど〜も「想像力」つーヤツが完全に欠落してるよーな気がするのは錯覚なのかしらん。
 先の「ねんきん特別便」にせよ今回の「問診表」にせよ、「もし自分が通知を受ける、あるいは回答する側だったらどうするか」ってな視点で書類作成または再確認すりゃ、こんなミス一瞬で発見できるじゃんよ。それとも、相手の身になって考えたり相手の気持ちや反応を想像したりするなんて高等技術、公務員の皆様方に要求すること自体が最初から無理な相談なのかしら。

 ま、問診表の方は例の質問だけ回答書かずに直接F先生(<毎度おなじみ、管理人のかかりつけ「石原医院」の女医さん)に相談すりゃいいんだから別に構わないけどぉ〜。
 何やかんやとクソ難しい公務員試験で志望者を選別するのもいいけどさ、実生活においてはろくすっぽ役に立つはずもない机上の知識なんかより、この手の「想像力」の方が公務員にはよっぽど必要な素質じゃないのかよ、なんてついつい考えてしまうのはオバサンだけなんだろうか。



2008.05.16.(金)      祝! ジョー誕!! …ときたらやっぱし犬話でしょぉ〜vv

 ジョーくん、お誕生日おめでとう!!!

 ふと気がつけばジョーくんファン始めて早幾星霜、キャッチフレーズの「ジョーくん一筋ン十年」もそろそろケタが変わる今日この頃とて、毎年ジョーくんのお誕生日をお祝いできる、ただそれだけでひたすらありがたく、神仏に祈りたい気分になってきちゃう管理人でございますvv(やめんかババくさい>自分)

 ところで「ジョーくん=犬バカ」という公式が半ばオリジナル設定みたいになっちゃったのはやっぱ「平ゼロ」第20話「まぼろしの犬」以来なのかしらん。クビクロとのエピソードは確か「旧ゼロ」でも「ああクビクロ」のタイトルで放映されたはずなんだけど、別に旧ゼロジョーくんが犬バカだなんて評判立ったわけでもなし(もっともその頃はさすがの管理人も物心ついとらんかったが)、続く「新ゼロ」には残念ながらクビクロ出てこなくてゲストキャラといえば綺麗なねいちゃんばっか、おかげでジョーくんのイメージつーたら「犬バカ」というより「タラシ浮気性スケコマシ」でしっかと定着しちゃったしな〜(<またそこへ「超銀」が思いっきし拍車かけた<大笑<だからお前は本当にジョーくんファンかとっ)。
 ま、それでもこの設定は結構おいしくて管理人も大いに利用させていただいてることでもあるし、別に文句を言う気は何一つないんだけんどもね…。

 って、おっとっとっといけないいけない。今回書きたかった犬話は「ジョーくん=犬バカ」説への考察じゃなかったんだわ。や〜ね〜、年取るとついつい物忘れがひどくなって…てなこたどーでも、さてここからがいよいよ本題。

 確か先月の今頃だったか、どっかの新聞だか雑誌だかで目にした某ベテラン大物社会派ジャーナリストのエッセイ、とはいえそれはさほど堅苦しいモンでもなくて、おじーちゃんの子育てならぬ孫育て日記、三歳だか四歳だかの坊や二人の日常を優しく見つめた心温まる文章だったのだが。
 何でもその坊や二人がご両親に連れられて公園に遊びに行ったとき、ちょうど散歩に来ていたダルメシアンがいたんだそうな。そこでたちまち駆け寄る幼児二人、幸い飼い主さんも「この犬は噛まないから触っても大丈夫だよ」と言ってくれて、ご両親もまたにこやかにその様子を見ておられたらしい。
 ところがどっこいいざダルメシアンちゃんと遊び始めた坊やたち、何といきなり、無邪気な愛くるしさ全開の笑顔で力の限りこう絶叫したのだという。
「お前なんか、毛皮はいでコートにしてやるぞぉぉぉぉぉっ!!!」
 これにはさすがの飼い主さんも一瞬ボーゼン続いて憤然、慌てたご両親がとにもかくにも平謝りに謝って、子供の手を引きそそくさと公園を後にしたのはいうまでもない。…しかしおじーちゃんに言わせると、その坊やたちは童話でもマンガでもアニメでもとにかく悪役が大好きで…おそらくかの台詞は『101匹わんちゃん』にて仔犬たちの毛皮をコートにしようと企む悪女、クルエラの真似をしたのだろうと。…で、自分もまた世間、社会の嫌われ者に心を引かれ、多くの記事を書いてきた身ゆえ、そんな孫たちにいっそうの愛おしさを感じてしまう…とか何とか、そんなふうに結ばれていたのだった。
 こんなおじーちゃんこそ、孫にとっては願ってもない味方というべきであろう。わんこちゃん&飼い主さんに平謝りに謝ったご両親は本当にお気の毒だったけど、こんな頼もしいおじーちゃんがついていれば、その坊やたちはきっと今後ものびのびすくすく、個性豊かに育っていくに違いない。

 …だけどもよ。

 のびのびすくすく個性豊かに育てる以前にアンタ、孫の命に関わる重大な危険を完全に見落としてるぞいーのかジーサン?

 「犬の聴覚は人間の数百、数千倍」、これは犬バカ、犬好き、犬嫌いに関わらず大抵の皆様方がよくご存知の事実であろう。ただその後には続きがあってさ、「人間の数百、数千倍」の聴力を誇るからこそ―犬という生き物は大きな音にものすごく敏感なのである。特に雷だの花火大会だのタイヤのパンクだの、突然響く轟音には弱く、どんなに遠くかすかであってもそれらしい音が聞こえた途端パニック起こして震えだしたり吠えまくったり隠れ場所探して家中走り回ったり…というわんこちゃんは案内人の友達の中にもかなりいる(ちなみに案内人は雷平気なんだけど、そのかわり金属音はまるっきしダメ、金属製のポストに郵便物が入れられたときの音だけで怯えて飛び上がるのは日常茶飯事)。
 そんな犬族(しかもダルメシアンちゅーたら体重20kg前後の立派な中型犬!)がいきなり自分の目の前、耳のそばで絶叫されたらどーなるか、ちょっと考えてみたんさい。

 別に、犬が酷いことを言われて気を悪くすると言っているわけではない。いやそりゃ全く傷つかないなんて保証もないけどさ、何だかんだ言ってヤツらは人間サマに比べりゃはるかに単純、仮にしょんぼり落ち込んだとしても飼い主さんに頭の一つもなでられて「大丈夫だよ。そんなこと、ママ(パパ)がさせるもんか。何があっても守ってやるから安心おし」とか何とか慰めてもらえりゃ一瞬にしてご機嫌直っちゃうかんね(ただしそんな暴言吐いたヤツにはその後かなりの確率で二度と近づかなくなるだろーケド<その程度にはお利口)。
 ただ、自分のそばでいきなり大声を出されたときの驚きと恐怖、そしてパニックだけは当の犬にも、まして飼い主なんぞにゃどうしようもないこと、そして―悪意や凶暴性故では決してなく、ただ怖くて怖くてどうしようもなくて―声を出した相手に吠えかかったり食いついたりする可能性も大いにあるということだけは、是非知っておいてほしいのだ。

 そりゃね、飼い主だって用心はしてますよ。近づいてくる子供が最初からデカい声出してたりしたら(たとえそれが「かわいい〜♪」その他の好意的な言葉であっても)それだけで要注意人物、リードを心持ち短めにしっかり握り締め、何かあったら即座に対応できるよう万全の迎撃体制でお迎え致しますさ。だけどそんなに騒ぐでもなく、一見おとなしげに近づいてくる子供だったらできるだけ自由に犬と遊ばせてやりたいのはこれまた人情、なのにそこで何の前触れもなく突然絶叫されちゃったとしたら…。
 この際はっきし言わせてもらうが、その結果恐怖のあまりパニック起こしたわんわんがどんな行動に出ようと、そこまでは飼い主にせよ当のわんわんにせよ到底責任なんて持てないし、持つ気もねーんだよ。

 管理人の子供時代に比べれば動物愛護がかなり声高に叫ばれるようになった昨今でさえ、人を殺傷した犬のほとんどは殺処分となっているのが現実だと思われる。しかし上記の事情に関する限り、それは「散歩の途中、突然見ず知らずの他人に大声出して襲いかかられ、恐怖のあまり無我夢中で突き飛ばしたら相手がそのへんの石だかコンクリート塀だかに頭ぶつけて怪我をした(最悪の場合死んじゃった)」のとまるっきし同じ正当防衛じゃないのかね?

 そりゃぁ、飼い主がどんなに可愛がろうと人間と犬とは違う、それは管理人にもよくわかっている。
 しかし、万が一ウチの案内人がこのような事情で子供を傷つけ、殺処分なんかになっちゃったら、管理人は間違いなくその夜から相手のガキを呪い殺すための丑の刻参りを始めるだろう。

 だから。

 ベテラン大物社会派ジャーナリストのおじーちゃん様。

 悪役大好き、大いに結構! 個性的な二人のお孫様がこれからどう育って行かれるのか、一介の読者にしか過ぎないこんなオバサンにとっても大変楽しみです。ですが突然犬の前で絶叫する、これだけはどうか怒鳴りつけてでもひっぱたいてでもやめさせて下さいますようお願い申し上げます。犬やその飼い主のためなどではなく、何よりも貴方の大切なお孫様を、不慮の事故から守ってあげるために…。



2008.05.13.(火)      「ねんきん特別便」の罠

 GWも過ぎて早一週間…とゆーても管理人の場合、例年どおり犬と一緒にごろごろぐだぐだ怠惰な日々を過ごしていただけだったのだが(淋しい人生だなオイ>自分)。それでも人間、生きていれば毎日何かしらのイベントにはぶつかるもの、惰眠をむさぼっていたGWのちょうど真ん中あたりのとある平日、ついに管理人宅にもかの有名な「ねんきん特別便」が送られてきたのだった。
 ま、ウチにゃ紛れもない年金受給者の実母もいることだし、いずれ来るだろうとは思ってたけどさー、ウチのバーサンてば根っからの昔人間に加えて元は職人の娘だったりするものだから、実家の手伝い(帳簿付けとか代金の掛取りとか)はいざしらず会社勤めなんざ一度もしたことなくて国民年金一筋ン十年、だったらいかに社会保険庁が雑でズボラな仕事やらかしてたにせよこの記録だけは絶対に間違えるはずもあるまい。
 よって最初封を開けたときの母と娘はきわめてお気楽に「ふ〜ん、これがあの難解・煩雑・年寄り泣かせで有名な『ねんきん特別便』かぁ…」とか何とか興味津々、内容チェックなんざすっかり放ったらかして書類のアラ探しに熱中していたのだが。
「だけど万が一ってこともあるから一応は年金手帳で確かめてみなくちゃね♪」
 どうやらアラ探しにも飽きたらしい実母がいそいそ年金手帳を取り出してきて、件の「特別便」と照合してみればこれが何と間違ってたんだよ…! ってオイオイオイオイ〜ッ!?

 えー、具体的にはどーゆーことかっちゅーとね、加入者資格喪失年月日(満60歳の誕生日前日)は年金手帳・特別便ともしっかりきっぱり一致してたんだけんども、もう一方の資格取得年月日が年金手帳では昭和35年10月1日、特別便では昭和36年4月1日と半年間ズレてたの。
「ええええぇぇぇーっ!!!」
 たちまちかのムンクの名画「叫び」そのものと化した母娘、しかし一瞬のちには「…こりゃもう確認しに行くしかあるまい」と顔を見合わせうなづき合って、連休明けと同時に区役所の年金相談課に駆け込んだ(だって社会保険事務所ってば遠いんだもん<我が家からの所要時間、区役所ならば車で10分、社会保険事務所は同30分)。したら早速担当者のおじさんが出てきてくれて、書類と年金手帳を見るなり大きくうなづき、すまなさそうにのたもうたことには。
「ああ、すみません。実はですねぇ、国民年金保険法が成立したのは35年10月なんですが、実際に施行されて保険料徴収が開始されたのは36年4月からなんですよ。…つまり年金手帳には法律成立の年月日、特別便には徴収開始年月日が記載されているというわけです。ですから…」
 そこでおじさん、ぺこりと頭を下げてトドメの一言。
「こちらは間違いでも何でもありません。ご足労をおかけ致しまして申し訳ありませんでした」
 …って一体何なんだよオイコラ!!

 そりゃぁ、そのおじさんはとっても丁寧で人当たりもよかった。おまけに実母の「特別便」には加入期間と納付済期間にほんの数ヶ月だけど食い違いがあったりしたので「う〜ん…。わずか数ヶ月とはいえ、できれば確かめておいた方がいいんじゃありませんか? もしこれが社保庁の間違いだったらそちら様が損をしていることになりますし…あいにく区役所では個別の納付記録まではお調べできませんが、社会保険事務所に行けば無料で記録を出してくれますよ。どんな小さな食い違いとはいえ、一応調べられることは全部調べておかれてはいかがです?」などと、親切極まりない助言までしてくれた。
 だからこっちが文句つける筋合いなんざこれっぽっちもないはずなんだけんども。

 だったらどうして特別便に一言、「法律成立年月日と徴収開始年月日はズレてるよ〜ん」とか何とか書き添えといてくれなかったんだ社会保険庁っ!!!

 そして結局管理人と実母は社会保険事務所にも行くハメに(ちなみに区役所からの所要時間は車で25分…こんなことなら最初から社保事務所行っときゃよかった…<涙)。でね、そこの人たちもみんな区役所のおじさん同様丁寧で親切で人当たりもよくて記録もすぐに出してくれたし、ついでに家に帰ってよくよく調べてみればその数ヶ月ってのは完全にこちらのミスで正真正銘未納付だったから、最終的には(少なくともウチの実母の記録に関する限り)社会保険庁には過失も間違いも一切なかった…てーことになるんだけどさ。

 例の法律成立と徴収開始の年月日についての注意、やっぱ「特別便」の説明書には一文字だって載ってなくて、ただ社保事務所の壁に「ご注意」の貼り紙がしてあるだけだった(<区役所には貼ってなかった)ことには管理人、マジギレ致しましたね。
 
 やいコラ社会保険庁いやさ厚生労働省(<の上層部)っ!!! 手抜き仕事で庶民の大事な年金記録5000万件宙ぶらりんにした上結局はその後始末まで当の庶民におしつけたくせこきゃぁがって、何故こんなささやかかつ当然の気配り一つできねーんだよっ!! あとたった3行、いや2行注意書を追加しといてくれりゃ、わざわざ社保事務所まで出向いたジジババ及びその家族の交通費も「ねんきん特別便専用ダイヤル」に問合せするための通信費も、ついでに現場のおっちゃんおばちゃんにーちゃんねいちゃんがぺこぺこ頭を下げる回数だって多少は節約できたはずだろが!! 口先だけで「お詫び」だの何だのそれらしいことヌカす以前に、本気で「悪かった」って思ってんのかこのどクソたーけっ!!!

 ぜーはーぜーはー…やれやれ、久方ぶりでこんな長々と絶叫してたら息が切れたわ。やっぱアタシももうトシかしらねぇ…。
 …と、管理人がちょっくらブルーになったところで「本日の教訓」ならぬ「本日の警告」。



 「ねんきん特別便」をお受け取りになった年金受給者(<…って、そんな年代の方がウチにお越し下さるたぁさすがの管理人も思ってないケド)、あるいはそのお子様お孫様甥御様姪御様他全てのご家族の皆様方へ。

 貴方の国民年金資格取得年月日が「年金手帳では昭和35年10月1日、特別便では昭和36年4月1日」になっているという食い違いに限り、それは記録ミスでも何でもありません。他に深刻な相違点がなければ「記録間違いなし」つーことでさっさと送り返せばそれで大丈夫です。
 あれだけの大ポカやらかしたくせして相変わらず杓子定規なお役所根性丸出し、気配りの一つも感じられない特別便添付の説明書にはこの件に関する注意書は一切ありませんが、くれぐれもいらん問合せなどして交通費・通信費その他のムダ金を使わないようご注意下さいませ…。




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