まあじゃんほうかいき 4


そろそろ必要になるかもしれない麻雀の基礎知識〜点数について〜

 麻雀の点数は、作った役の大きさ(単位=翻)とその役を構成する牌の種類や和がり方等による基本点(単位=符)で決まります。
 ごく簡単に言えば、基本点(符)を翻数分だけ倍倍計算した値が負けた人1人あたりの支払分になるというわけ。ですから勝った人の総得点は、こうやって計算した値の3倍(=負けた人3人分)ということになります。
 ですがこの倍倍計算というのはコワイ。例えば30符3翻で勝った人への支払分を240点(実際には切り上げて300点)とすると、同じ30符6翻で勝っちゃった人には240×2×2×2、つまり8倍の1920点(実際には切り上げて2000点)を支払わなくてはならないのです。6翻は3翻の2倍だから、支払分も240点の2倍で480点…などという理屈は通用しません。
 そんなふうに結構点数計算が煩雑なので、ある程度大きな役(大体7翻前後)になったら、基本点には関係なく決まった点数を支払うというルールがあり、その得点(負けた3人からもらえる点数の総合計)は以下のようになっています。
 
  満貫(大体7翻。基本点が大きいときには6翻・5翻になるときもあります)…8000点
  ハネ満(基本点に関係なく8・9翻)…12000点
  倍満(  〃  10・11・12翻)…16000点
  3倍満(  〃  13翻以上)…24000点
  役満(あらかじめ決められている最高の役で和がった場合)…32000点
 
 ちなみに勝者が自分で引いてきた牌で和がったとき(ツモ和がりといいます)には残り3人がこの得点を折半して支払いますが、誰かの捨てた牌で和がってしまったとき(ロン和がりといいます)には、その牌を捨てた(振り込んだ)人が得点全部を1人で支払わなくてはなりません。
 実戦ではもっと細かいルールがたくさんあるのですが、このお話ではそこまでの知識は必要なしです♪
 ただし、上記五種類の和がり方は残り3人にとってかなりの痛手、まして自分の捨てた牌でロン和がりなどされようものなら一発で血まみれ、瀕死の状態になるということだけは覚えておいて下さい。そうすれば、これからの話をよりお楽しみいただくことができるかと存じます(邪笑)。



 迫りくる危険をいち早く察知するやいなや、目にもとまらぬ速さで空中にかき消えたクロウディア。
 それを目撃した瞬間ほど、石原医師が生身の普通人である自分を呪ったことはなかった。もしサイボーグか超能力者だったなら、加速装置やテレポートで同じくこの場から逃げ出すことができたのに…。
「どうしたの、石原クン。顔色が悪いわよ」
 優しく穏やかな声と少し不安げな表情でその顔をのぞきこんだのは藤蔭医師。石原医師にとっては誰よりも親しい先輩であると同時に、この世で一番愛している女性。そう、彼女のためならば自分はいつでもこの命を捨てられるだろう―十数年間抱き続けてきた想いは、今もなお決して揺らいだりはしていない。

 だが。

 たとえ命がけで愛していようが何だろうが、彼女と麻雀することだけは絶対に勘弁してほしい。しかも、コズミ博士まで一緒とくればなおさらである。
 それというのも全て大学時代の悪夢のような一夜のせい。十数年前の忌まわしい記憶がじんわりと脳裏に蘇り、石原医師は軽い眩暈と呼吸困難を覚えた。

 あれは、大学一年の終わり…そう、確か学年末試験の真っ最中だったはず。
 コズミ博士、いやその当時はコズミ教授―の担当する一般教養科目、「生物学」を受講したのが縁で、石原医師はコズミ教授の研究室―通称コズミ研―にしょっちゅう入り浸るようになっていた。学部・学年に関わりなく大勢の学生たちが出入りするコズミ研で出会った仲間たちは、今でも彼にとってかけがえのない終生の友である。
 試験中ともなれば、そんな仲間たちみんながコズミ研にやってきて奥の大テーブルでわいわいがやがや、賑やかかつ真剣に試験勉強にいそしむというのもまた当時の「お約束」。
 なのに。
 今日の試験も無事終わり、明日はいよいよ最終日。残すところあと一科目だけになったこととて、気合いを入れて最後の追い込みにかかろうとコズミ研のドアを開けた石原医師―いや、秀之だったのだが。
「ああ…石原君か。ようきたのう」
 何故か、今日に限って他の仲間が一人もいない。たった一人、自分の机に座ったコズミ教授がどことなく寂しげな表情で小さなため息をついているばかりであった。
「あ…先生…今日もまた、お世話になります。…ところで、他の皆さんは? 試験中の、しかも午後一だっていうのに誰もいないなんて、珍しい…です…ね」
 少々面食らった秀之が恐る恐るコズミ教授に尋ねてみれば。
「はは…みんな、逃げてしもうたよ。多分、新年度が始まるまではもう、誰もここには顔を見せんじゃろうな…」
「逃げたぁ!? 先生、それどういうことですか? しかも新年度まで誰も来ないなんて…どうしてなんです?」
 驚きのあまり裏返った声で叫んだ秀之に、コズミ教授はもう一度、寂しげなため息をついた。
「うん…いや、な…。明日で試験も終わりじゃろう。だからちょいと、遊びに誘っただけなんじゃがのう…」
 そして、ぽつりぽつりとコズミ教授が語ったところによれば。
 小中高校大学と、試験で大変な思いをするのは学生ばかりではない。教師たちとて問題作成から試験監督、そして採点作業と目の回るような日々を過ごさなくてはならないのだ。もちろん、コズミ教授とて例外ではない。
 だが今回、幸いなことにコズミ教授の担当科目は、最終日を待たずして全ての試験を終えていた。当然、そのあとに続く採点作業もほぼ完了している。
(やれやれ…どうやら今年の学年末はいつもよりかなりのんびり過ごせそうじゃわい)
 春まだ浅い研究室、一人ゆったりと午後のお茶をすすっていたコズミ教授の元を訪ねてきたのは、同じ医学部一号館に研究室を持つ同僚兼後輩、保坂教授であった。
「何でも保坂君もわしと同じく担当科目の試験が前半に集中してしまったようでの、すっかり暇をもてあましとると言うんじゃよ。でもってまぁ…明日で試験も全て終わることじゃし、今年度の打ち上げもかねて一席設けようと誘いに来てくれたんじゃ。じゃが、ただ酒を飲むだけでは面白うない。どうせなら保坂研対コズミ研でちょいと一勝負やらかそうという話になってな。…何の勝負かって? そりゃもちろん麻雀に決まっておろうが。お互い、研究室の学生あるいは研究員から一名ずつパートナーを選んでチームを作り、文字通りの真剣勝負をしようというわけじゃ。保坂君のところからは藤蔭君がつき合ってくれるというし、わしも張り切ってパートナーを探そうとしたんじゃが…」
 「藤蔭君」という名前に秀之の心臓がどきん、と高鳴った。もちろんこれは現在の藤蔭医師のことである。秀之にとってはコズミ研の大先輩でもある彼女は、当時保坂研の助手を勤めていた。そしてこのときすでに、秀之がこの年上の美女―藤蔭助手に人知れず激しく恋焦がれていたことも、今さら言うまでもない。
 だが、しょんぼり寂しそうにうつむいているコズミ教授を目の前にしては、そんなことなど二の次、三の次である。
「もしかして…それで全員逃げちゃったっていうんですか!? 矢部さんも、日高さんも、葛原さんも内藤さんもっ! 他のみんなもっ!」
 言い募る声がついつい大きくなる。一年坊主である秀之にとって、ここでの仲間のほとんどは先輩。よそのゼミやサークル等に比べるとかなり先輩後輩の区別が緩やかな(…というより、そんなものは無きに等しい)コズミ研のこととて、普段はいつも一緒に騒いだり、あれこれバカなこともやらかしてはいるが、その実彼らが自分より遥かに精神的に成熟した立派な「大人」であることを秀之はよく知っていた。だからこそここでの仲間―先輩たち全員を心から尊敬し、敬愛していたというのに。
 …よりにもよってその先輩たち全員が、逃げた。
(冗談じゃないよ! このコズミ研は学部も学年も一切関係ない懐の広さと仲間たち全員の結束力が自慢のはずじゃないか! コズミ先生だっていつもあんなによくしてくれて、教授というよりみんなの仲間のように気さくに、親しくしてくれてるっていうのに…そうだよ、先生だってれっきとした僕たちの仲間なんだ。なのにそんな先生の誘いから、一人二人ならともかく全員が…逃げた? そんなことされたらコズミ先生がどんな気持ちになるか、誰も考えなかったって言うのか!? そんなの、あんまり冷たすぎるじゃないか。…畜生、見損なったよ、みんなのこと!)
 今まで深く尊敬し、人間としての手本にさえしようとしていた仲間たちの意外な冷淡さに愕然とした秀之。やがてその心には巨大な怒りの炎が燃え上がり、沸騰した血が一気に頭に駆け上った。そして、いまだ力なくうつむいているコズミ教授の手をしっかりと握りしめて。
「先生っ! だったらその麻雀、僕がお供します! 僕、麻雀覚えたのは大学入ってからだからまだ初心者だし、大した戦力にはならないと思いますが…でも、一応ゲームはできるし、符計算だってちゃんと覚えましたから!」
「おお、石原君、本当か!? 助かるよ! ありがとう…本当に…ありがとう」
 頼もしい言葉を聞いた途端ぱっと顔を上げ、自分の手を固く握り返してくれたコズミ教授。ふと見ればその目にはうっすらと涙さえ浮かんでいるのに気づいた秀之の胸の中に、あらためて逃げ出した仲間たちへの怒りと失望、そして軽蔑の念が激しい勢いで湧き上がってきた。
 そして翌日の最終試験終了後、夕方になるのを待ってコズミ教授や保坂教授、そして藤蔭助手とともに和気藹々と近所の雀荘に腰を落ち着けたわけだが。
 今考えてみれば、それこそが惨劇の幕開けだったのである。
 コズミ教授にも言ったとおり、秀之はまだ初心者だった。だからそれまでに彼が囲んだ卓といえば勝負というより麻雀講座、ときには最初から自分の牌をオープン(←牌を倒し、自分だけでなく他の全員から見えるようにすること)にして役の作り方を教えてもらったり、誰かに後ろについていてもらってあれこれアドバイスしてもらうこともありという、通常の勝負から見れば滅茶苦茶ヌルい「お遊び」にしか過ぎなかったのである。しかし今回は親睦会とはいえ立派な真剣勝負。当然、かなり厳しい展開になることはある程度覚悟していた。
 ところがどっこい現実は、そんな覚悟など遥かに飛び越えていたわけで。
 よりにもよって初っ端から保坂教授のタンピン三色リーチの満貫に振り込んでしまったのは出会い頭の事故のようなものだから仕方ないとしても、続いてコズミ教授のタンヤオトイトイドラ三のハネ満ツモ、藤蔭助手のチンイツツモのこれまた満貫という容赦ない攻撃は、初心者の一年坊主にとってあまりにも過酷であった。
 何と言ってもこのメンツの和がり方ときたら、その派手さがハンパではないのである。
 作る手自体は比較的地味でおとなしいくせに、何故か必ずその中に三個以上のドラをくっつけてしまうコズミ教授。
 負け方も豪快だが勝ち方はそれ以上に豪快、けろりとしたポーカーフェイスでハネ満・倍満やりたい放題の保坂教授。
 そしてひたすら堅実に、用心深すぎるとも言える打ち回しをしているくせしていざというときはダマテン(あと一枚で勝てる状態―テンパイ―になってもリーチをかけず、他のメンツをだまくらかしつつ当たり牌を待つという陰険な戦法。←でも作者も結構これ、好きだったりする)を決め込み、あっさりさっくり三倍満なんぞで和がってしまう藤蔭助手。
 そしてそのほとんどに振り込んでしまうのが秀之であったとて、一体この世の誰が彼を責められるというのだろう。
 すでに大分夜も更け、ゲームも終盤戦に入ってきた頃、秀之は自分の脳内血管が数十本単位でぶちぶちと切れる音を確かに聞いたと思った―。

 そんでもって結局。
 当然のことながら一人負けとなった秀之は、点三(負け千点につき三〇円払)という最低レベルのレートだったにもかかわらずその月のバイト代から来年度の教科書代に至るまで、有り金全部をこの恩師・先輩に巻き上げられてしまったわけで。そしてやってきた新学期、文無しにもかかわらず次のバイト代が出るまでのほぼ一か月、昼食に食いっぱぐれることもなく、新しい教科書全部を無事揃えられたというのは全てこれ、あれほど怒り、軽蔑すらしていたコズミ研の他の先輩たちの情けのおかげであった(…というか、彼らは彼らであのメンツと打つことの恐ろしさを秀之に教えておかなかったことの責任を痛いほど感じていたのだ)。正直、今でも秀之―石原医師はあのときの悪夢にうなされ、夜中に飛び起きることもしばしばだったりする。

(あの悪夢を再度現実世界で味わうなど、死んでもごめんだ!)

 追いつめられ、逃げ場を探して必死に周囲を見回す瞳がふと扉の方に向いたとき。
 何の前触れもなく、その扉がぱっと開いた。
「すんませーん。皆さん大変なときに悪いんスけど、俺、今日はそろそろ失礼させていただこうと思いまして、ちょっくらご挨拶に…」
 大きな身体を少々遠慮がちに縮め、その場に立っていたのは誰あろう、松井警視!
「何じゃ、松井君、もう帰るのかね?」
「まだ来たばっかりじゃないかい。せめて昼飯くらいは食べていったらどうじゃね。フランソワーズ嬢の料理ときたら、これはもう絶品じゃぞい!」
「ありがとうございます。だけどほら、今台風が近づいてるでしょう。俺ゃこれでも警察官の端くれですし、このまま帰れなくなったりしちまうと万が一、何か事件があったりしたとき困るんで…」
 口々に引き止める老博士たちに、自分の立場を懸命に説明する松井警視。そのやり取りを耳にするよりも早く、石原医師は全速力で幼なじみに駆け寄り、泣きそうな顔でその腕にすがりついていた。
「やだ、松っちゃん! 俺を置いて帰ったりしないでくれよっ! お願いだから行かないで…行っちゃやだあああぁぁぁっ!」
「ヒデ…?」
 いい年して何やってんだ、と一度はその手を振りほどこうとした松井警視。だが、自分を見つめる必死の面持ち、捨てられた仔犬のように涙を溜めて一途にこちらを見つめる視線。
(もしかしてこれって…あのときの目じゃねぇか?)
 そして松井警視の脳裏にもまた、二十数年前の遠い記憶が蘇ってきたのであった。

 ずっと昔、二人がまだ松井警視でも石原医師でもない、ただの元人と秀之だった頃。
 小さな頃から腕っぷしが強く、小学校から大学に至るまで喧嘩では負け知らずだった元人にひきかえ、腕力よりも頭脳で勝負するタイプの秀才少年だった秀之は、時としてそのあまりに明晰な頭脳を妬まれ、よそのクラスの悪ガキどもにいじめられることもあった。しかし、そのことで秀之が元人に助けを求めたりしたことは一度もない。
 どんなにからかわれ、おもちゃにされようとも。
 乱暴者どもに取り囲まれ、よってたかって暴力をふるわれようとも。
 いつでも秀之は自分一人で―どんないじめっ子相手にでも根気強く話しかけ、悪さをやめてくれるよう説得し、友達になろうと努力してきたし、事実、最後にはそんな連中みんなと友達になってきたのである。それを黙って横目で見つつ「腕力はともかく、こいつの根性だけはハンパじゃねぇ」と感心したのも、元人にとっては遠い過去の懐かしい思い出であった。
 だが、そんな秀之が一度だけ、元人に泣きついてきたことがある。
 何でも、当時まだ健在だった祖父が命の次に大切にしていた盆栽の枝を折ってしまったとか何とか―今にして思えば他愛ないことだが、当時まだ小学生だった秀之にとっては生きるか死ぬかの大問題だったのだろう。
(どうしよう…お祖父ちゃんきっと、ものすごく怒るよ…僕…もしかしたら家を追い出されちゃうかもしれない。ね、松っちゃん、お願いだ! 僕と一緒にお祖父ちゃんのところに行ってよ! そんで…お願いだから僕のそばにいて! 何もしなくていいから、何も言わなくていいから! いたずらしたのは僕なんだもん、僕が一人で謝るから、ただ…一緒に来て! そばにいて! お願いだよぉ…)
 あのとき、泣きじゃくりながら懸命にすがりついてきた秀之は、確か小学校三年生だったはず。だとしたら一つ年上の自分は四年生か…。
(とんでもねぇ昔のことを、我ながらよく覚えていやがる)
 苦笑しつつ、元人は松井警視に戻る。
 すでに三十年近くにもなる長いつき合いの中で、秀之―石原医師がたった一度しか見せたことのない、死に物狂いの視線。
(これはもしかして、大変な事態が起ころうとしてるんじゃねぇか…?)
 職務と友情、松井警視の性格からすればかなりの確率で後者を取ることは間違いない。とはいえ職務もやはり彼にとっては大切なもの、詳しい事情もわからないままに軽々しく捨ててしまっていいものかどうか―。ついつい考え込んでしまったところへ、新たなる登場人物たちが現れた。
「皆さん、大丈夫ですか!? さっきクロウディアから聞いたんですが、研究室がいきなり停電になってしまったって…」
「屋根の補強作業は完了しました! もうこれ以上発電パネルがはがれることはないとは思いますが…って、あれ?」
 先ほど松井警視が入ってきた扉から、息せき切って駆け込んできたジョーとピュンマ。
 二人の姿を認めた刹那、再度妖しくきらめいた周と藤蔭医師の瞳。

 その瞬間、メインイベント前の壮絶な前哨戦の火ぶたが切って落とされたのであった。
 


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