荒療治 1


 T大学付属病院、精神科部長室―。そこにはつい先ほどから鉛のように重苦しい雰囲気が立ち込めていた。
「だから、どうして急に執筆の手が止まってしまったんだね!?」
 悲鳴のような声を上げたのは、この部屋の主、保坂教授。そして、その前で無表情に―ただし、その漆黒の瞳だけは教授の言葉を聞いた瞬間、激しい苛立ちというか凶暴な光をちらりと浮かべたが―立ち尽くしているのは、すでに皆様ご存知の藤蔭医師であった。
 感情に任せてつい声を荒げてしまった保坂教授が、はっとしたように口を押さえる。…そう、今の彼女の姿を見れば、どのような人間の、どのような怒りの波でさえ、あっという間に引いてしまうだろう。
「申し訳…ありません」
 搾り出すようにそう言って頭を下げた美貌の精神科医の顔はここ半月ほどの間に急激にやつれ、憔悴しきっていた。いつもなら輝くばかりに美しい肌は蒼ざめてすっかり艶を失い、強靭な意志の光に眩しくきらめいていた瞳はぼんやりと濁っている。きっと引き結ばれた唇もかさかさに乾き、あろうことか小さなささくれさえも見て取れた。彼女がまだ大学院生の頃から二十余年にわたってともに学び、働いてきた保坂教授でさえ、こんな姿は見たことがない。
「いや…大きな声を出してすまん。君がこんな土壇場になって手を抜いたり、怠けたりする人間ではないことは私もよく知っている。だが、そうなるとなお、わからなくなるんだよ。半月前に持ってきてくれた下書きはほとんど完璧だったじゃないか」
 頭を抱えた保坂教授のデスクの電話が、いきなり盛大に鳴り出した。途端、教授はびくりと身を竦め、座っていた椅子の背に抱きついてがたがたと震え出す。
「うわあぁ…。きっとまたウィルソンだ。締め切りまでにはまだ半月あるというのに…『Psychiatry』誌の編集部ってのはそんなに暇なのかぁぁぁっ!」
 パニック状態に陥った恩師兼上司の絶叫、そしてやかましく鳴り続ける電話。藤蔭医師はうんざりしたようにこめかみを押さえ、保坂教授に気づかれないように、小さなため息をついた。

 そもそも、ことの発端はアメリカの精神医学専門誌『Psychiatry』編集部が思いついた、全世界で活躍する三十代から四十代の若手研究者の企画特集であった。『Psychiatry』誌はこの手の専門誌の中ではトップクラスといっていい雑誌だから世界中の研究者に広く読まれているし、またその編集長、ウィルソン・レイク氏はあらゆる国々の学者たちに多くの知己を持っている。そこでウィルソン氏、今回の特集ではその人脈をとことん生かして、各国の一流研究者に信頼できる若手を紹介してもらうことにしたのだ。で、日本精神医学会の重鎮、斯界の世界的権威といわれる保坂教授にも当然、依頼の電話を入れたというわけである。
 保坂教授はその申し出を快諾し、迷うことなく藤蔭医師を推薦した。彼女の力量は教授の弟子たちの中でも群を抜いていたし、またタイミングのよいことにそのほんの少し前、藤蔭医師からとある論文の構想を聞かされてもいたからである。保坂教授からその話を聞いた藤蔭医師も、喜んで執筆を引き受けたのはいうまでもない。そこでめでたく、師弟揃っての二人三脚で論文に取りかかったのが二ヶ月前。二十年来のコンビである二人の息はぴったりで、論文執筆は面白いほど順調に進んだ。
 そして、藤蔭医師がとりあえずの第一稿を保坂教授に提出したのが半月前。もちろん、まだ下書きといっていい段階のものだから多少の推敲の余地はあったし、挿入する図版などもまだ完全に揃ってはいなかったりしたが、保坂教授はその出来栄えに大いに満足した。テーマに対する斬新な視点と思い切った論理展開、それを裏づける量、質ともに充分すぎるくらいの臨床例への緻密かつ的確な分析。加えて、ネイティブでも舌を巻くほどの正確な英語で書かれたその論文は、保坂教授の期待をはるかに上回るものだった。
(素晴らしいよ、藤蔭君! これなら胸を張ってアメリカに送ってやれる。いっそ、未完成の図版が出来次第これにくっつけて、そのまま郵送してやったらどうかね)
 軽口を叩いた自分の目の前で、はにかむように微笑んでいた藤蔭医師の美しい顔。そう、そのとき二人は間違いなく、得意と幸福の絶頂にいたのである。
(ああ…あの日に帰りたい)
 やっとの思いで電話を取ったものの、パニックと困惑のおかげでいつもの滑らかな発音から遥かにとっ外れたジャパニーズ・イングリッシュでウィルソン氏をごまかし、ほうほうの体で電話を切った保坂教授の目には、うっすらと涙さえ浮かんでいた。
 そう、一体誰が予想したであろう。あの完璧な下書きを提出したその日から、藤蔭医師の論文執筆の手がぱったりと―止まってしまうなんて!
 受話器を置いたその姿勢のまますっかり呆けてしまった保坂教授の脳裏に、最悪の事態ばかりが次々と浮かび上がってくる。
 保坂教授が推薦したのが藤蔭医師だと知って、ウィルソン氏はすっかり舞い上がってしまった。実は藤蔭医師、保坂教授とウィルソン氏のつき合いにほだされてこれまでにも何度か『Psychiatry』誌に寄稿したことがあって―そのどれもが世界中の学会から驚嘆と賞賛の大反響を呼んでいたからである。保坂教授にはまだ少しばかり及ばないとはいえ、彼女自身もすでに、斯界ではかなり注目されている存在であった。しかもあの美貌とくれば、評判にならないほうがおかしい。噂では、アジア・太平洋学会とヨーロッパ学会には彼女の秘密ファンクラブがあるとかないとか。
 てなわけでウィルソン氏、今回日本からの執筆者は藤蔭医師であることを、世間話のついでにあちこちで吹聴し…そのおかげでこの二ヶ月というもの、保坂教授の電話は世界各国からの問い合わせや激励に鳴りっぱなしだったのである(一番ちょくちょくかけてきたのは、もちろんウィルソン氏であったが)。そして保坂教授も自信満々、今度の藤蔭医師の論文の素晴らしさをウィルソン氏以上に宣伝しまくってしまったのだからたまらない。
(もしこれで、掲載できなかったとしたら…)
 考えただけで、胃のあたりに冷たいしこりがずん、と重くのしかかってくる。それも、氷やドライアイスどころではない、液体窒素級の低温度のやつが。ため息をつけば、机の上にはらはらと舞い落ちる髪。学生時代の友達連中にいつも羨ましがられ、教授自身も実は密かに、その地位や業績以上に自慢に思っているふさふさとつやのあるロマンスグレーの輝きも、今となっては風前の、いや竜巻の前の灯である。
 きっと上がった保坂教授の目は完全に血走り、そして据わっていた。
「とにかく、藤蔭君! いや、聖ちゃん、聖様! 何が何でもあの論文を二週間以内に書き上げてくれたまえ! でないとわしも君も…破滅だあああぁぁぁ…っ!」





(はぁ…やれやれ)
 保坂教授のオフィスを出た途端に、眩暈がした。藤蔭医師は、今度こそ誰憚ることなくこめかみを押さえ、極めつけの仏頂面で盛大にため息をつく。
(別に破滅しようが何だろうがあたしは構わないのよ大体てめぇで書くわけでもないのに調子に乗ってべらべら自慢しまくった自分が悪いんじゃないのまったくいい年こいてどうしてあんなに口が軽いんだかこれだからオヤジは始末におえないってのよ一番苛ついて焦りまくってんのはあたしなんだからね傍でごちゃごちゃ言うんじゃないわよ何も知らないくせにっ!)
 心の中で一気にまくしたてたらいくらか気分もよくなった。自分のオフィスへ戻りながら、藤蔭医師はもう一度、深い深い吐息を漏らす。
(まったく…どうしてあたしが、こんなに苦労しなくちゃいけないってわけ!?)
 すでに疲労困憊の極地に達した脳髄の中、二週間前のあの記憶が鮮やかに蘇ってきた。

 保坂教授に論文の下書きを提出した日の深夜、藤蔭医師は自室で一人リズミカルにパソコンのキーを叩いていた。今回の論文は自分でもちょっと自信があったのだが、保坂教授があれほど絶賛してくれたのなら、それは自惚れや独りよがりではあるまい。二、三の添削はあったとはいえ、それは彼女の質問に答えた教授のささやかな助言が、ほんの一、二行の走り書きとして追加されただけのこと。論文全体の量は日本の原稿用紙換算で約百枚、アメリカの雑誌に掲載するとて、全部英語で書かなければいけないことを考えれば決して少なくはないが、ここまでくれば九割方は下書きを丸写しすればいいだけだし、未完成の図版だって、今まで集めたデータをパソコンでグラフ化すればできあがり。締め切りまではあと一ヶ月、時間もたっぷりとある。
(ここまでくれば、楽勝よね)
 いつしか鼻歌交じりで順調に作業を進めていた彼女の背後で、不意にゆらりと空間が揺らぐ気配がした。
 霊能力者である藤蔭医師、そしてかつては彼女以上の強大な能力を持つ姉が住んでいたこの家には、種々雑多な浮遊霊やら雑霊、物の怪の類が引き寄せられてくる。だがそれも、彼女が張り巡らせた結界に阻まれて室内まで入ってくることは決してできない。結界を越えられるのは、血肉を持った生者のみである。
 と、なれば。こんな現れ方をする相手の心当たりは一つしかなかった。
「どうしたの、周。連絡もなしにこんな時間にやってくるなんて珍しいじゃない」
 親しげな微笑を浮かべてくるりと振り返った藤蔭医師。が、次の瞬間その顔は驚きの表情に早変わりする。
「クロウディア…!」
「聖ぃ〜」
 そこに立っていたのは親ではなく、娘の方―小さなボストンバッグを片手に、今にも泣きそうなくしゃくしゃの顔をした、銀髪の小さな少女であった。

「…周とアルベルトがね、喧嘩しちゃったの」
 二人並んで藤蔭医師のベッドに横たわり、パジャマの胸元にすがりついてきた少女は、しゃくりあげながら懸命に訴える。
「きっかけはごく些細なことでさ…いつものことだからすぐ仲直りすると思ってたのに、もう五日もそのままで…あたし、いつまでも二人が喧嘩してるのやだから、『もうそろそろ仲直りしたら』って言っただけなんだよ…。なのに周ったらすごく怒って、あたしとも言い合いになっちゃって、最後に『出てけっ!』なんて怒鳴るんだもん。…ギルモアんとこ行ったってアルベルトがいるし、啓吾と莉都は旅行中だしさ…そうなったらあたし、もう聖のとこしか行く場所なくて…」
 そこで堰を切ったように泣き出したクロウディアの銀髪をそっとなでてやりながら、藤蔭医師は優しく少女の耳元にささやいた。
「よしよし…いい子だから、もう泣かないの。みんな、わかったから。とにかく今日はもう寝なさい。明日になれば二人とも、仲直りしてくれるかもしれないでしょ。…もしだめだったら明後日は土曜日で診察も半日で終わるから、あたしが周とアルベルト、どっちかの様子を見に行ってあげる。…だからもう、何も心配しないでいいのよ」
「ごめんね、聖…あたし、明日は朝早く出てくから。おばーちゃんに、気づかれないように…」
 藤蔭医師は、この家で養母―父の正妻と一緒に暮らしている。こんな家に嫁いできて、「能力」を持つ娘を産み、同じく「能力」を持つもう一人の―夫の愛人の娘を立派に育て上げたとはいえ、養母自身は「能力」などかけらもないごく普通の人間だ。そんな人間にとって、自分の現れ方がいかに非常識なものであるか、クロウディアはそれを気にしているのだろう。幼い少女の健気な心遣いのいじらしさに、藤蔭医師はいつしか腕の中のクロウディアをしっかりと抱きしめていた。
「そんなことも、気にしなくていいの。うちのおばーちゃん、あれで結構適応力はあるんだから、貴女が心配することは本当に、何一つないのよ…。ね? もう何も悪いことは考えないで、安心してお休みなさい」
 論文の方は充分過ぎるくらい余裕があるし、ここで二、三日、友人夫婦(?)の喧嘩の仲裁で中断したところで全然支障はない。藤蔭医師の予測は、この時点ではまだまだ極めてお気楽なものであった―。

 そして土曜日。藤蔭医師はギルモア邸を訪れた。あの夜現れたクロウディアは、その言葉通り翌朝早くに姿を消し(もちろん、養母には気づかれずにすんだ)、それから丸一日連絡もなかったので、結局は大したこともなかったのかとほっとしたのもつかの間、夜になってまたまたクロウディアから泣き声の電話が入ったとき、これは一度様子を見に行かねばなるまいと決心せざるをえず―どうやら周はかなり情緒不安定に陥ってるようだし、これは一つアルベルトの方をつついてみよう、という作戦を立てたのである。
「まあ、藤蔭先生!」
 チャイムに応えてドアを開けたフランソワーズの顔が嬉しそうにぱっと輝く。藤蔭医師も満面の笑顔でそれに応じた。
「突然お邪魔してごめんなさいね。ちょっと往診でこの近くに来たものだから、みんなどうしているかと思って。…あ、これお土産。『エトワール』のプリン、フランソワーズ、好きでしょ」
「嬉しい! さあどうぞ、上がってください。みんな! 藤蔭先生よ!」
 弾んだ声に誘われて、ジョーやイワン、そしてギルモア博士がリビングから飛び出してきた。
「わあ、藤蔭先生!」
「ワーイ。シバラク会エナクテサミシカッタンダ」
「おお、藤蔭君。よう来た、よう来た。さあ、早く入りなさい」
 口々に歓迎してくれる面々の中に、目あての人物はいない。だが、藤蔭医師はそれには知らんふりで、招き入れられるままリビングのソファに腰を下ろし、しばしみんなと談笑を楽しんだ。
 久しぶりの藤蔭医師の訪問にはしゃいでいるみんなの様子には取り立てておかしな様子はない。だが、一見屈託のないその笑顔に、他愛のない世間話を楽しげに語るその声の奥に、何ともいえない重く冷たい空気が漂っているのを、彼女の鋭い観察眼は見逃さなかった。
 こういう雰囲気はよく知っている。表面上は幸せそうに見えるが、その実とんでもない悪霊が取り憑いている家がちょうど、こんな感じだ。藤蔭医師はさり気なく話題を変え、いよいよ本気で「調査」にとりかかった。
「でも今日はこちらのおうちも静かですね。海外組の皆さんはもしかしてみんなお国の方に?」
「ああ。みんな帰ってしもうておる。今ここにいるのはわしらと、あとは張々湖とグレートだけじゃよ」
「あらでも、ハインリヒさんは日本に来ていらっしゃるんじゃありません? この前クロウディアからちらりとそんな話を聞いたような…」
 ハインリヒとクロウディア。その名前を出した瞬間、他の四人の身体がわずかに強張った。
「ああ…アルベルトね。うん、確かに今、日本に来てるけど…ちょっと…旅行…、そう、旅行に行っちゃってるんだよ」
 ジョーの言葉はしどろもどろで、嘘をついているのが一目瞭然だった。…ホントにこの子の素直さって、どうしてこう人間離れしてるのかしら。とても、あの周の孫とは思えないわ…。だがもちろん、藤蔭医師の方は正直にそんな感想を口に出すタマではない。
「あらそう、それは残念ね…せっかくだから、彼にも会いたかったのに」
 その一言であっさりと話題をかえ、そのままなおも楽しいおしゃべりを続けた少しあと。
「…すみませんが、お手洗いをお借りしてよろしいですか?」
「ええ、もちろん。こちらですわ。どうぞ」
 ごく自然な藤蔭医師の言葉に、フランソワーズがさっと立ち上がり、案内してくれた。
 礼を言ってトイレに入り、細く開けたドアの隙間からフランソワーズがリビングに戻ったのを確かめる。…さあ、ここからが正念場だ。ふたを閉めたままの便座に腰を下ろした藤蔭医師は、目を閉じ、そっと家中の気配を探る。…一階は、リビング以外無人。二階に並ぶメンバーたちの私室も、そのほとんどは空っぽだった。だが―
(いた!)
 廊下の左手、奥から二番目。家具調度の一切をモノトーンで統一し、殺風景なほどきちんと整理整頓されたその部屋に、目指す悪霊―もとい、アルベルトはいた。
 窓際の椅子に腰掛け、日向ぼっこをしながらヘッドホンで音楽鑑賞というところか。だがその顔は地獄の鬼でさえ裸足で逃げ出すほどの不機嫌さで、全身からは黒く冷たいオーラが陽炎のように立ち昇っている。おまけに、聴いている曲は「禿山の一夜」ときた。こちらはこちらで、かなり煮詰まっているらしい。
(こりゃ、ヘタな悪霊よりタチが悪いわ)
 小さく肩をすくめた藤蔭医師だが、こういう人間を治すのはお手の物である。
(この調子じゃ『気』の方もかなり歪んでそうだわねぇ…ま、だけどそれさえまともに戻してやれば、周との仲直りも時間の問題よ)
 目を閉じたままにやりと笑い、次の瞬間、集中度を一層高めて丹念にアルベルトの『気』を探る。以前彼らのカウンセリングをしたときには、時間稼ぎのためにわざと治療を引き伸ばさなければならなかったが、今回はそんな手間も要らない。おかしなところがあったらその場でさっさと修正してやればいいのだからはるかに簡単だ。…と、思った。
 ところが。
 一分、二分…時間だけが空しく過ぎていく中、いつまでたっても藤蔭医師の瞳は開かなかった。そればかりか、白皙の額にはいつのまにか汗の粒さえ浮かんで。心なしかその呼吸さえも荒く、乱れてきたかと見えたとき、ようやくその漆黒の瞳は開かれたものの…
「うわーっ、だめだこりゃ!」
 小さく叫んだ女医の声は、激しい運動を終えたばかりのように掠れていた。
「どこをどう探しても、『気』の乱れなんてこれっぽっちも感じられないじゃん…」
 力なくつぶやいたと同時に、その上半身ががっくりと膝の上に突っ伏した。『気』の乱れがない―それはすなわち、アルベルトが自分自身の信念と欲求に従い、心赴くままに周との諍いを継続していることになる。要するに…
「筋金入りの強情っぱり、ってことだよねぇ…。大変なオトコだわ、ありゃ」
 どちらにせよ、アルベルトの『気』が正常となれば藤蔭医師には打つ手がない。逆にそれをねじ曲げて素直にさせることもできない相談ではないが、不自然にいじくり回して人格崩壊でも起こされたら取り返しがつかない。
(もしかしたらこれって、とんでもない大問題かも…)
 そのとき初めて、不吉な黒い風が藤蔭医師の胸を音もなく吹き過ぎて行ったのであった。

 


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