世界に平和を
大晦日は掃除に買出しにと一日中上を下にの大騒ぎだったギルモア邸も、一夜開けた元旦は嘘のように静まり返っていた。
丁寧に磨き上げられた窓の外は雲ひとつ無い快晴で、空気が澄みわたり、風もなく、やわらかな日差しが差し込む気持ちのいい朝となった。
日本人ではないから新年にさほどの思い入れがあるわけではない。けれども今日のように落ち着いた朝を迎えると妙に信心深い気分になってくるから不思議だ、ピュンマは窓の外を眺めながら思った。
彼の前にはアルベルトが苦々しい表情を崩すことなく、「なんで元旦ってのはこんなに新聞が分厚いんだ?」と今朝から通算15回目の文句を垂れた。毎日の新聞チェックは彼の欠かすことの無い習慣で、配達された新聞すべてに目を通さないと落ち着かないらしい。だが、元旦の新聞は1紙だけでも6部はあり、かつギルモア邸では一般紙から業界紙まで30紙は購読している。30紙×6部=180部 彼はご丁寧にも180部の新聞ひとつひとつに目を通しているのだ。
腰の高さまで積み上げられた新聞を見れば、「一体誰がこんなに読むんだ?」と愚痴のひとつも言いたくなるのはわかる。だが、だからといってすべての冊子をきちんと読むことも無いだろうに、そう思いながらピュンマは彼のボヤキを笑いをかみ殺しながら聞いていた。
初詣に行った者、大人の店を手伝いに行った者を除けば、この屋敷に残っているのはピュンマとアルベルト、そしてジェットの3人だけ。ジェットは正月早々寝坊して、台所で朝食の残り物を適当につまむとさっさとガレージへと姿を消してしまった。ヤレヤレ新年から車いじりらしい。
相変わらず新聞を読み続けているアルベルトは大きく溜息をつくと、N新聞を脇に置いて新しい新聞に手をかけた。うず高く積み上げられている新聞の山は一向に減ったように見えず、きっと彼の作業は夕方まで続くに違いない、いや、諦める方が早いかな・・。と、口に出したら睨み付けられること間違い無い想像をめぐらせて、ついついピュンマの口元が緩んだ。
「なんだ?俺の顔に何かついているか?」
ピュンマの視線を感じたアルベルトが眉間にしわを寄せる。
「いや、根気強いなと思ってね」
「ただの退屈しのぎだ」
ピュンマの指摘を気にする様子も無く、アルベルトは足を組替えるとソファーに深く座りなおし、新しい新聞を大きく広げた。どうやら夕方までこの作業を止めるつもりはないらしい。
ガチャガチャ
金属と金属がぶつかる音が静寂を破る。2人が怪訝そうに音の方を見ると、赤い工具箱を引っ提げたジェットが口笛を吹きながら入ってきた。耳障りな金属音は工具箱の中から聞こえているもので、口笛に合わせてガチャ、ガチャ、とまるで楽器のようにリズミカルに鳴った。
ジェットはリビングの2人には目もくれずにテラスへ抜けていこうとする。が、退屈を相当に持て余していたのか、はたまた膨大な新聞にとうとう嫌気がさしたのか、思わぬ関所がジェットの前に立ちはだかった。
「どうしたんだ? 生憎ここには車は無いぞ」
「はっ、誰が車のメンテをするって言ったんだよ」
「確かに言ってないな。・・・・じゃ、何を壊した?」
「なんにも壊してねーよ・・・・。っつーか、俺が工具箱を持つと、どうしてそういう言い方するんだ、オッサン?」
「決まってる、珍しいからだ」
アルベルトは持っていた新聞をたたみながら応じる。
「今日は天気もいいし、久しぶりにテラスで俺をメンテするんだ」
自慢の鼻をフンッと鳴らし、ジェットは得意気に言い放った。
「・・・・それは、感心なことだな。だがな、大掃除は昨日までだ。実際、俺も昨日終わらせた」
そう言ってアルベルトは手入れしたばかりのナイフを満足そうに光にかざした(注1)。研ぎ澄まされたナイフは太陽の光を綺麗に反射しその鋭さを一層際立たせる。今年も切れ味抜群間違いなしだ。
イライラを募らせたアルベルトの殺気と、見る者すべてを切り裂いてしまいそうなナイフとに、ピュンマは微動だにすることもできずゴクリとつばを飲み込む。 ピュンマとは正反対に、ジェットは実にあっけらかんとしたもので、
「イワンから、『一年の計は元旦にある』って教えてもらったんだ。だから、今年は手入れをマメにする1年にしようと思ってな」
「・・・・すべてにおいて後手後手になる一年とも言うな」
「・・・」
「ま、いいじゃない、とにかくジェットのメンテを手伝おうよ」
話が全く別の方へずれていくのを防ぐかのように、 ピュンマの声がリビングに響いた。
ゲホッ、ゲホッ
「うわっ、なんだこれは!」
ジェットの足(ジェットエンジンの燃焼室)を開くと、狭い空間に押し込められていた埃が一気に噴出した。それはさながら『浦島太郎の玉手箱』。3人は咳き込み涙を流す。
「マスクを持ってこればよかったね」
手で周りの埃を払うピュンマの声も涙声、頭の上には白い埃がほんのり積もっていた。
「汚いな・・・一体、何年掃除してないんだ?」
「そんなことは忘れた。さ、とにかく始めようぜっ!」
ようやく埃が足元に沈み、姿を現したエンジンは煤で黒く汚れ、部品と部品の隙間には種種雑多なゴミがぎっしり詰まっていた。
「これでよく飛んでいられたね・・・」
ピュンマは半ば呆れながら感想を呟く。
「まぁな、メンテもサボってたし、自分で掃除するのもウゼェし」
「大変だよね、第1世代って」
ピュンマの感想は自分より遥か昔、40年以上前に改造された第1世代の同情へと変わった。
第1世代が開発された当時は電子制御技術も今ほどには発達しておらず、ブラックゴーストのずば抜けた技術力であっても、現代の水準には遠く及ぶものではなかった。002から004までは、ちょっとした機構でも第2世代のような電子制御ではなく機械に頼ったものが多い。そのため第1世代3人の故障率は第2世代の5人に比べて格段に高い。戦闘中の故障も多いため、自分自身を手入れすることは当たり前のこととなっている。(逆に第2世代は身体の中身がブラックボックス化しているため、セルフメンテナンスはご法度である。)
「まぁな、作りが古い分だけセルフメンテが欠かせないというのは難点だ。その点、第2世代は完成度が高い分だけ故障も少ないのはうらやましい限りだな」
アルベルトもピュンマの意見に同意した。
「でもよ、いざって時は仲間同士で部品の交換ができるのも第1世代の利点だぜ。ピュンマ、あん時のこと覚えてるか?」
ジェットは工具箱の中から白い布を取り出しながら言った。
「あの時って、カデッツ要塞星でのことかい?」
「ピンポーン」
「確かにあの時、フランソワーズに君のアタッチメントを取り付けるって聞いたときは正直ビックリしたよ。僕らじゃ考えられないことだったからね」
「だろ?」
嬉しそうにジェットが笑う。あの時フランソワーズに貸したアタッチメントは未だに後生大事に持っているらしい。
ジェットは慣れた手つきで燃焼室の中を拭き上げ、部品に挟まったゴミを取り除いていく。
「まあ―――」
アルベルトがジェットの足を支えながら口を開く。
「こんな身体になっちまって言うのもなんだがな、自分で自分の身体を手入れすると自然と愛着もわいてくるもんだ」
「確かにそれはわかるよ」
ピュンマもアルベルトの言葉に敢えて反論はしなかった。
「さて、終わったっと」
先ほどとは見違えるほどに燃焼室が光り輝く。エンジンも無事に新年を迎えることが出来た。
ジェットは分解した時とは逆の順番でパーツを取り付けていく。周囲に転がっていたたくさんの部品も、数分後には元の脚に綺麗に治まっていた。
「手馴れたものだね」
一連の無駄ない動作や手入れの美しさにピュンマが感心したその時、
コロリ・・・・・
「アレッ?」
鈍く光る丸い物を手に取る。
「これって・・・」
ピュンマはジェットの目の前にかざす。
「ジェット、ネジを付け忘れてるよ」
「あぁ、またか」
「またって・・・」
ネジの付け忘れをさほど気にする様子も無いジェットにピュンマは目を剥く。だが、ジェットはピュンマの驚きには気付く様子も無く、ネジをつまんで工具箱の中へと放り込んだ。
「つけなくっていいのかい?」
「いいさ。いまさら、どこのネジかわかんねーし」
「確かに良くあることだ。俺も昨日2本余った」
アルベルトもことも無げに言い放った。
「2本も・・・・(汗)」
(昔の機械は分解して組み立てたらネジが1本余ってたというのはよくある笑い話だけど・・・)
ピュンマは空を見上げた。
(まさかジェットだけじゃなくってアルベルトまでそんなお気楽だったなんて・・・・)
ごくりとツバを飲み込む。日差しが網膜を直接刺激しクラクラと目眩が襲う。
(どうか、今年一年戦闘が起きませんように。いや、少なくとも博士のメンテナンスが終わるまででもいいから・・・)
仲間のミサイルが暴発するところや、失速して墜落するところなど見たくないと本気で思った元旦だった。
世界に平和を!
(注1 アルベルトのナイフが刃物なのはHOIHOオリジナル設定です)
〈了〉
HOIHO様! クリスマスに続いて素敵なお年玉まで頂戴し、どうもありがとうございましたぁ〜♪ 管理人、もう浮かれっぱなしでございますっ。 …だけど、こんなに頂いてばかりでいいのかしら。いつかバチが当たったりはしないかしら…(だったらママもちゃんとご恩返ししなちゃい! フリーSSでもフリーイラストでもっ。あ、某Sしゃまからのキリリクもまだ途中でちたねっ! 全く、何怠けてるんでちかっ!!<牙をむき出し、管理人に説教する案内人)。
それにしても今回は、最後のジェットくんとアルベルト様が最高でしたわ(←話がヤバくなってきたので慌てて話題を変えた)。ネジが一本、ネジが二本〜♪ まぁ、ジェットくんの方はあれだけ汚れたエンジンでも平気で飛び回っていたんですから、今さらネジの一本くらいしめなくたってどうにでもなるんでしょうけど、アルベルト様まで…っ!
>俺も昨日2本余った
まさか貴方様の口からこのような台詞が出るとは思ってもおりませんでしたぁぁぁ〜(爆)。
新年早々大笑いさせて頂きましたが、ピュンマ様ならずとも平和を願う心は誰もが同じ。昨年からどうもきな臭くなってきたこの地球ですが、一刻も早くこの世から戦争がなくなり、今年一年、いえ、これからも永遠に平和が続くよう、皆様とともに祈りたい管理人&案内人でございます。