西瓜奇譚 上






















 鈴虫、鳴く、真夏の夜。


 時たま生ぬるい風にちりんと風鈴が鳴る、が…その風も、ほんの僅かにしか流れてこないほど、暑い。
 それでも日が落ちてから幾分か涼しくなったのだが…それも申し訳程度、という貧弱なものだった。



「あちー………」



 まるでトドかというような格好で縁側に転がったクロウディアは、純和風の団扇を力無くはためかせた。
 しかし微かに生まれる風は、体温と同等かと思われるような代物。
 額から、そして全身から沸き上がる汗を拭う力さえそぎ取られ、ただゴロゴロと縁側を転がり回っているだけのその姿に、フランソワーズは少しばかり哀れむような視線を向けた。
 しかしフランソワーズとて生身の部分が多いため、この暑さに少々参っている。
 生物兵器としての生を受けているが実施上生身、のクロウディアに比べればまだマシ…とも言えるが、やはり……汗がこぼれ落ちてしまう。体温がある分、発散するものも、多い。



「縁側なんかにいるからよ」



 不意に、背後から声を掛けられた。
 ゆるりと少女二人が首だけ振り返ると、そこには漆黒の髪と瞳を持つ女性…藤蔭聖が立っていた。

「障子、開けっ放しにしてりゃ、こっちだって暑いわ。冷房の冷気がぜーんぶ逃げていくんだから」
「そうやって冷気のおこぼれを縁側で堪能…の予定だったんだもん」
「そこまでして、どうして縁側に?」

 聖は大きな瞳をゆるりと巡らせ、縁側を、そして庭の風景を一瞥した。
 しかし、それと言って…変わったところは、ない。
 するとクロウディアは、
「いや、大した理由じゃないんだけどね。夜の縁側って昔から好きなんだー。色んな虫の鳴き声するし、星も見えたりするし」
 と天を、指さす。
 特に夏は、好き。
 たまに螢が飛んできたりするし、満点の星空を見れたりするし。

 でも…


「こんなに暑いとねー……」


 そう、いくら強化された身体とは言っても、暑さには、負ける。
 なぜか今日は、あの忌々しい密林を思い出しそうな、猛暑だ。


「何か涼しくなりそうなことはないかしらね」


 苦笑を浮かべたフランソワーズは、ふうっと息をついて団扇を扇ぐ。
 冷房ガンガンの室内に入れば済むことだが、クロウディアの言ったとおり、この和風住宅の夜の風景はなかなか趣があって、良い。だからクロウディアに付き合っているのだが……それにしても、暑すぎる。

 すると。




「涼しくなること、ねぇ」




 と、何やら意味深げな口調で、聖がニヤリと口の端を上げた。
「あ? 何か良い案でもあんの? 聖」
 がばりと立ち上がったクロウディアは、期待満面で聖に詰め寄る。
 すると聖はクスリと笑って、少女二人に妖艶な眼差しを向けた。





















 一方、室内では。


「おーい周ぇ。かき氷、食いてぇー」
「自分で作りなさい、自分で」
「あー? ちったぁ客にサービスしろよな」
「押しかけてきて客?」

 食器を洗う手を止め、周は肩越しに暴言の源を、睨む。


 快適に冷房の効いたキッチンでは、何故か…軽快な碁石の音が響いていた。
 そう…花火もやり尽くし、騒ぐだけ騒ぎ、そうしてやることの無くなった少年達と赤ん坊、そして保護者の男(?)が、退屈とばかりに食卓で碁盤を囲んでいるからで、ある。
 だがルールが分からないジェットとジョーは、ひたすら観戦。
 赤ん坊と仏頂面オヤジという、端から見れば妙な組み合わせの対局を、ただぼんやりと眺めているだけだった。
が。


『へぇ。そうくるんだアルベルト』
「お前ほど歪んだ打ち方はしていないはず、だが」
『もうちょっと考えて、せいぜい持ち時間を有効に使いなよ』
「喧しい」


 本人達は至って真剣、凄まじく本格的…


 だが観戦者は相変わらず、
  「ねぇ、分かる? ジェット」
「オレに聴くなっ」
 と、さっぱり理解不能。
 しかし、容赦なきまでに何もすることがないので、ついこの退屈な戦いに目が行ってしまう。

 すると、ふと思い出したように顔を上げた周が冷蔵庫を開け、
「スイカならあるけど? 切ってあげようか?」
 と、野菜室を見ながらジェットに向けて声を投げた。
「スイカぁ?」
「そ。聖が持ってきた」
「何でセンセーが」
「なんっかこの季節になると、しこたま貰うんだって。今、聖んち、スイカ屋敷かって勢いらしいわ」
「…へぇ」








 聖と、スイカ……








 何だか似合っているような、そうでないような…と、ジェットは冷蔵庫からスイカを取り出す周を見ながら、頬杖を着いた。
 地獄を見たあの日のことが、何故か根拠もナシに目の前にありありと蘇る。それを思い浮かべると、またしても意味無く、あの女医なら素手で綺麗にスイカをまっぷたつに出来るだろう、という訳の分からない想像の場面が浮かんできた。
 魔女だもん、なんでも出来そう。
 ……いや、魔女はこっちにもいる、か…

 
 ジェットが、そんな下らない想像に冷や汗をかいていた、その時。

 









「周えぇぇぇぇぇぇ!!!」











 と、凄まじい足音と共に、これまた凄まじいクロウディアの声が、近づいてきた。


「…煩い、バカ娘」
 猪突猛進とばかりにキッチンへ突っ込んできたクロウディアに、アルベルトはこめかみを押さえて呟く。
 だが当のクロウディアは、そんなことなど一切耳に入っていない様子で、ガシッと周のエプロンを掴んだ。
 どでかいスイカに包丁を入れようとしていた周が、ゆるりと見下ろすと…銀髪娘は……興奮で血走った瞳で見上げて、いて……



「どうしたの」
「ねぇ、周っ! ロウソクない?!」
「………は?」








 ロウソク??








 クロウディアが言ったその単語に、囲碁組も一気に振り返った。
「花火はやり終わった、だろう」
『新たに、打ち上げでもすんの?』
「ちーがーうーのっ! 別用途!」
「おー? 次はキャンプファイアーかぁ?」
「なんでそんな大規模な宴に、ちびっこいロウソクがいんのよっ」
「じゃ、一体何をするんだい? クロウディア」

 キョトンとしたジョーの眼差しに。
 クロウディアは周のエプロンを掴んだまま、ニヤリと……どこから見ても不気味としか思えない笑みを浮かべた。








「一気に、涼しくなるお話しをしよう、ってことになってね」










 ……はい?










 首をかしげた囲碁組。
 だがジョーだけは、ああなるほど、とクロウディアの意図していることを理解し、ぽんっと手を打った。
 その側でジェット、イワン、アルベルトは…ハテ?として顔を見合わせている。


「なるほどね…って言いたいけど、クロウディア」
「なに」


 納得したような表情の周を、クロウディアが嬉々として見上げた。






「うちって、ロウソクなんてあったかなぁ。ほら、仏壇ないし?」








 


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